読んでは忘れて

第26回 保坂和志『猫がこなくなった』

保坂和志『猫がこなくなった』2021年1月、保坂さんの新刊が出た。保坂さんが新しい文章を書いていてそれを読むことができることはこの上ない喜びだ。

この本にはいくつかの小説が収められていて、一番古いものは2013年、一番新しいものは2020年4月に書かれたものだと、初出を見たらわかる。表題作の「猫がこなくなった」は2017年に書かれていて、他のいくつかも2017年に書かれた。

しかし、今、この初出を見て私は「そうなんだ!?」と驚いた。なんとなく全部がコロナ以降に書かれたものだと思って最初から最後まで読み終えて、そうじゃなかったことに驚いたのだった。コロナがあって、東日本大震災から10年経って、そういう今、“書かれたて”のもののように響いてきた。が、考えてみれば、保坂さんの小説はいつ読んでも書かれたてのように感じられる気もする。

表題作の「猫がこなくなった」とその次の「特別に忘れがたい猫」を読んで、さらに次の「ある講演原稿」を読んでいたら心が躍るようにうれしくなり、電車に乗りながら読んでいたのだが、降りたまましばらく歩きながら読んでそのまま駆け出したくなった。

いつからか保坂さんが始めた、「てにをは」とか接続詞の、正しい文章はこうあるべきという形を脱臼させるかのような使い方はこの本の小説でも当たり前のように続けられていて、句読点の使い分けもあいまいだ。

ところが何年前からだろう、アジの開きを自分たちのご飯で食べても残った骨を外の猫たちに出さなくなった、だから開きの身は残さず自分たちできれいに食べるようになった、外の猫たちはもうアジの開きの骨なんて堅すぎて噛み砕けなくなった、外の猫は十歳くらいでもうほとんどキバが残っていない、四本あったキバが人間が知らないうちに抜けて一本も残ってないか、かろうじて一本だけ残ってるか、そんなものだ、猫たちはこっちが知らないうちに歯肉炎にかかってキバや奥の方の大きめのギザギザした歯が抜けてなくなっている。(「猫がこなくなった」より)

という文章、自分なら「。」にしそうなところがほとんど「、」だとか、そんなことはそもそも問題なんだろうか。いや、実際それは問題で、きっとこうやって句読点を使うことによって生もうとしてるリズムがあるんだろう。

とにかく、文章の書き方のレベルからして自由であり、またこんな部分。「ある講演原稿」という、講演の下書き原稿という体裁をとっているのにまるでその講演でしゃべられたことをそのまま誰かが書きとったような短編の中で、雑誌の企画で岡田利規と対談したということが語られる部分だ。

岡田さんと雑誌の対談をしたあと、帰りに渋谷から井の頭線に乗ると大学生のグループがいました、その大学生の会話を聞いていると岡田さんとの対談がつづいているような気持ちになってくる、そのときの気分を今度は対談の原稿があがってきたときにその気分を対談の原稿に、「それで僕は今日、これから岡田さんと別れると井の頭線の中で大学生のグループがいたんです、その人たちの話すのを聞いてると岡田さんとつづきをしゃべっているような気になったんです。」と対談の途中のどこかに書き足したくなった。(「ある講演原稿」より)

と、こういうところなんかは、時間が一方向に流れるという、私たちが当たり前と思っていることに対する抗いに見える。保坂さんが前に京都のトークイベントで、「経済学者は「このままでいくと10年後の経済はこうなります」と言うけど、“このままでいくと”という前提の部分を一切疑うことがない。今ある現実の延長としてしか未来を想像することができない」というようなことを言っていた。

経済学者は現状を分析してその延長上の10年後を割り出すのが仕事なのだからそれでいいのかもしれないが、そういう考え方が私たちの日常にもすっかり当てはめられて、「40歳でこんな収入しかないんだから60歳は悲惨だろうな」と、私に思わせる。そして生きていることを、なんとなくつまらない、息苦しいものに感じさせる。

「読んでは忘れて」第26回

そういう、生きていることを窮屈にしていくようなものに抗い続けているのが保坂さんの小説だと思って私は読み、窮屈に感じつつ「まあこれはルールだし」と、自分から進んでそのルールの奴隷になってしまっている弱さが恥ずかしくなる。だから保坂さんの小説を読むことはいつも私にとって「あなたはあなたのままでいいんだよ」の逆の、「ダメだよ!そんなつまんないことしてちゃ!」と鼓舞され続けているような体験なのだ。

この本の最後に収められた「夜明けまでの夜」という小説は、その時もやっぱり地下鉄に乗りながら読んでいたのだが、降りる駅になっても本をカバンにしまうことはできず、地上にあがったところの人の通らない場所に立ってずっと読んだ。

ここではある二匹の生まれたばかりの子猫が、その弱った体を温めようとする友人の手の中で死んでいったことが書かれている。保坂さんは、名前をつける間もなく死んでいったその猫たちの死が、ただ消えていく死ではないことを何度も何度も色々な言葉を使って確かめようとする。

私の若い友達は消え入りそうな子猫を両手で包んで温めつづけた、彼ともう一人が両手で子猫を包んで温めたのは子猫の命の活動だ、そこに子猫がいなかったら二人はそんなことをしなかった。二人が子猫のためにしたことは子猫の命の活動だ、私に最初にメールで連絡してきたのはまた別の友達だったのだからそれも子猫の命の活動であり、メールを読んでメールでは間に合わないから私は電話したそれも子猫の命の活動だ。二匹の子猫は夜が明ける前に死んだ、二匹の子猫という形をとった命はそこで消えた命は友達二人を動かして近くにある多摩川の川原のどこか人が立ち入りそうもないところまで行って埋めさせた、埋葬は弔いではなく命の活動に奉仕することだ、当然それも命の活動だ。(「夜明けまでの夜」より)

子猫たちは自分の体を温めさせ、埋葬させ、そのことを保坂さんに書かせた、それも子猫たちの命の活動で、それを地下鉄の地上出口の脇に立って読んだ私もその子猫の命の活動の一部だ。

そう考えるのは自分の一生をなんと遠くまで解放してくれることだろうか。誰かから受けた言葉がいつまでも忘れられない時、たとえその人が目の前にいなくても、その人の命の活動が続いている。

東日本大震災から10年が経って、NHKでたくさんドキュメンタリー番組を放送していたので、できるだけ録画して見た。その中に『あの日の星空』という番組があった。

3月11日、東北の被災地は広範囲で停電になり、場所によっては満天の星が見えたという。そしてその美しさが忘れられないという人が少なからずいて、後になって仙台市天文台に「あの日なんであんなに星が綺麗だったんですか?」という質問が多く寄せられた。その日の星空をプラネタリウムで再現しようとする仙台市天文台の取り組みを取り上げた番組だった。

その中に津波で娘と孫を亡くしたという夫婦が出てきて、その夫婦は震災以来、毎日星空を見上げているという。あの日ほど綺麗な星空はそれ以来見たことはないが、星がたまにまたたくと、娘と孫がこっちに合図を送っているように思うんです、とインタビューに答えていた。それを見ていて、夫婦に星空を見上げさせているのも、星のまたたきにメッセージを与えているのも亡くなった方の命の活動だと思った。

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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』(スタンド・ブックス)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)、パリッコとの共著に『酒の穴』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)。

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