読み始めてすぐに、書評を引き受けたことを後悔し出していた。
スズキナオさんの文章はなんといっても、酒を飲みながら読みたい。飲みながら、カニカマをほぐしながら、大根を煮ながら、猫に邪魔されながら、すこしさかのぼろうと思ったら引き返しすぎてまあいいかとたっぷり読み返しながら読むのがしみじみ心地よい。書評なんて書くとなったらそれができない。ノンアルコールさびしや。
案の定、ちょびっと読んでは「は~たまらん」、ちょびっと読んでは「は~さいこう」と酒気帯びたさに天を仰いでしまう。
のっけから友達のお母さんが作った実家の“家”系ラーメンなんて食べに行っちゃって。勘弁してよ~。
なんとか表紙を眺めるだけで1600字くらいひねり出して、それから安心して飲み飲み読み読み、という手順でできないだろうか。いったん本を閉じ改めて表紙を見つめる。
表紙には『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』と書かれている。『くらい』ではなく『ぐらい』である。間違えてはいけない。ざらっとしつつもキメの細かい質感の紙だ。何という紙だろうか。……こんな調子で。
帯には林雄司さんと岸政彦さんが推薦文を寄せていらっしゃる。
『ちょうどよい温度の風呂のようなひと』
と、岸さんはスズキナオさんについて書かれている。
そうだったろうか。深夜バスの中で、生まれて一番最初の記憶を辿るスズキナオさんのように振り返ってみる。お会いしたのは三度か四度。Tシャツだったりスーツだったりして笑っていた。それから。もうすこしヒントが欲しい。
帯の推薦文は続けて
『その場に溶け込むくせに意外にひとの領域に入り込んでくる。』と言う。
それって風呂っていうか、怖くない?
そう、わたしはスズキナオさんがじつはちょっと怖いんだった。
深夜バスに、電車に船に新幹線に乗り、山へ海へ閉店間際のスーパーへ、面白そうなことをしたり面白いめにあったり、面白いめにあったひとの面白話を聞き出してくる。ちゃんと足腰使って目の当たりにしている。
どうってことないことをあの手この手で一大事のようにうそぶく自分の漫画をつい「面白い風」なんて言葉で卑下してしまう。
「面白い風」は「面白い」に尻込む。カニカマはカニビルを宿せない(カニの甲羅についている黒いツブツブ)。
たいていの人間はべつに他人を面白がらせるために生きているわけではない。
「四六時中笑いのことばかり考えている」というエンターテイナーだって口の中に麻婆豆腐が入っているときは白飯のことを考えている。絶対そう。
他人のために作られたのではない、ひとが生きて暮らしていくなかで獲得してしまった運命的な面白さを、スズキナオさんは聞き出して丁寧に描写していく。
年金をパチンコでスって時間を持て余し1000円の昼スナックでカラオケを愉しむ常連さんも、銭湯の「鏡広告」屋さんと出会って3日で結婚してやがてひとりで切り盛りしていくことになる82歳のツヤ子さんも、たまらない可笑しみの詰まった暮らしを持っている。
こんな話、飲み屋のカウンターで隣のお客さんがとつとつと話してたりしたら最高。ずっと聞き耳立てちゃう。
なんでこんな面白い話をこんなに「俺って面白いでしょ感」なしで語れるんだろう。
なんでこんなにも敬意に満ちながら飾り気なく書きとれるんだろう。
他人を「面倒くさい」と感じることはないんだろうか。ねえ、スズキナオさん。
『領域に入り込んで』こられるのは怖いけれど、領域に入り込むほどの興味もわかないしょぼい人間と思われるのもかなしい。小さいなわたし。ほらね、おっかねえ。
だから、カウンターで盗み聞きする距離がいい。あるいはたとえば本などで一方的に語っていただいて、こちらもまた一方的に読むような距離ができれば最高の絶妙の百点満点。なんて、欲張りすぎかしら。え、あるの?ここに?本が?読めちゃうの?えーっ!うっそーーー!!!(1600字)
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