“大阪に暮らして5年ほどになる”
この本の冒頭に書かれている一文だ。著者であり、僕の友人であるナオ君ことスズキナオは、大阪に引っ越してしまったのだ。
彼が本格的にライター活動を開始するちょっと前に始まった『ピコピコカルチャージャパン』というサイトでの連載『チミドロ鈴木の早く老人になりたい』は、僕らのバンド「チミドロ」を通じてSNSでつながった人たちに人気があり、ライブハウスやクラブで「ピコカル読みましたよ」と声をかけられているのを何度も目にした。
特に、この本で「「お鍋キュー」のひそかな楽しみ」の中に出てくる「缶べキュー」の話がアップされてからしばらくは、チミドロがどこに行っても必ずその話をされた気がする。
ナオ君と中学の同級生で結成されたテクノラップユニット・チミドロ。
その後、ナオ君が働いていた会社と僕が働いていた会社が合併して同僚になるという縁があって知り合い、そこに中途加入した僕も、他のメンバーや友人たちと一緒に記事の中にたびたび登場させてもらっている。
メンバーが集まった時の会話やグループチャットでの、どちらかというとくだらない話が、多くの人を楽しませる記事に生まれ変わるのを横で見ていた。「くだらないねー」で終わりかねない発想を、実際にやってみることで原稿を書くというスタイルはあの頃から生まれていたんだなと思う。
しかし何がくだらないもので、何が価値のあるものなのか、人によって基準は違うはずだ。
常に穏やかな、ちょっと脱力してしまうような空気が漂う文章を書くナオ君ではあるが、その辺りの思いを案外強く持っている。
そんな彼が価値あるものとして目を向けているのが、あとがきにある「当たり前過ぎてみんなが素通りしていくものや、忘れられたようにひっそりとあるもの、いつも一緒にいてくれる友人とか田舎の親戚とか」なのだろう。
毎日新聞の日曜版に掲載された、ナオ君による保坂和志『プレーンソング』の書評には、旅やお店を取り上げる記事とはまた違ったスタイルで、彼の田舎の山形に親戚が集まっている情景が凝縮されていた。
ナオ君の文章の大ファンで、「並んでも食べられないラーメン! 友達の家の「家系ラーメン」を食べてきた」に登場した僕の母であるユキコはこの書評がお気に入りで、会うたびに話題にするのであるが、僕がこの文を書かせてもらうにあたって、好きな記事を挙げてもらった。
・爪楊枝の記事(みなさん、僕のことどれくらい知ってますか? ── つまようじより|メシ通)
・宇都宮のぬいぐるみメーカーの記事(ダンゴムシのお腹にスマホが刺さる「小峰玩具」の仕事がすごい|デイリーポータルZ)
・仁徳天皇陵のカレーの記事(知らなかった……大阪・堺市には日本最大の古墳と「前方後円墳型のカレー」があることを|メシ通)
・浜名湖の変わった漁の記事(浜名湖の観光釣り船「たきや漁」で、ボクたちが見た真夏の夜の夢|メシ通)
とのことだ。どれもこの本には収録されていないので、まだ読んだことがない人はぜひチェックしてみてほしい。
本のオープニングを飾る、最低価格が片道2,000円台という深夜バスについての「東京―大阪、深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと」では、「ここ最近、自分を甘やかして新幹線に乗ることも多い」と書くほどに、ストイックな染みったれぶり。だからこその目のつけどころや、思い、それをしたためた文章が、ユキコからは「楽しく暮らしている」ように見えるらしい。
確かに楽しそう、それはわかる。ただ、友人として間近で接していると、けっこうツラい部分も見えてしまうというか、その辺りの話もしてみたところ、ユキコに「楽しく暮らしてるんだから、大変なこともあるでしょう」とあっけらかんと言われてしまった。
ナオ君が歩き回って見つけた居心地の良い場所の話、そもそも歩き回ることに自体に見出す楽しみ、その中で出会った人たちのエピソードが、ユキコも僕も大好きだ。
生まれ育った東京を離れ大阪に移り住み、その隣にある神戸に惹かれていく最近の動向も、個人的には注目している。今後ウェブ等に掲載される新しい記事への期待はもちろんだが、1冊にまとまったこの本が、これからどんな風に読まれ、広がっていくのか、楽しみにしている。
(Twitter)
以前勤めていた会社でスズキナオと出会い、テクノラップバンド・チミドロに加入しMCを担当する会社員。チミドロDJsとしても活動中。「並んでも食べられないラーメン! 友達の家の「家系ラーメン」を食べてきた」では自身の実家がその舞台となり、「誰も知らないマイ史跡めぐり」では自身の地元をめぐるなど、『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』にもたびたび登場している。
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