読んでは忘れて

第66回 幻の名盤解放同盟『ポンチャックアート1001』/ディスク百合おん 監修『短冊CDディスクガイド』/ぎすじみち『沖縄レトロマッチの世界』

幻の名盤解放同盟『ポンチャックアート1001』旅に出たら看板の写真をよく撮っている。自分が興味のある大衆酒場や食堂や中華料理店じゃなくても、商店街の洋品店とか、八百屋、魚屋、理髪店とか、なんでもよく、味のある看板や店構えだなと思ったら写真に撮って、後で見返せるようにしておきたくて仕方ない。「面白い看板見つけた!」とSNSに投稿してみんなに褒められたいとか、そういう気持ちもたまに無いではないが、ほとんどはただ、自分で見返す用に撮っている(まあ、じっくり見返す機会もなかなかないのだが)。

小学生の頃、雑誌『宝島』の投稿写真コーナーだった「VOW」のことを知って好きになり、自分も使い捨てカメラを持って街に出たりして、そういうところから、奇抜な看板とか目を引く物件などに興味を持ったのだが、徐々にそれが変化していって、割となんでも面白いと感じるようになった。

どうやら自分は、誰かが「これはいいぞ」と思って作ったデザインが、もうその時点で好きなのだ。「なんでこれをいいと思ったのかわからないけど、これはこれでいいんだろうな」と、つまりもう別に自分的に面白いかどうかも関係なく、ただただ、誰かが作ったデザインの成果を大量に見たい。

たとえば、一時期、切手集めにハマっていた。東京に住んでいた頃、よく目白の切手博物館に行って、館内の、切手商が何軒か並んでいる一画にずっといた。私が買うのは希少性の高いものではなく、使用済みの、一枚10円などで売られている切手で、箱に雑にガサッと入って投げ売りされている一枚一枚を時間と体力の許す限り見て、最終的に10枚とか20枚に絞り込んで買うのが好きだった。切手は、その国が誇るものがモチーフになっていることが多くて、それをこんな風にデザインするんだなと、お国柄を感じたり、配色のセンスの違いなど感じたりして楽しいのだ。おそらく時代によってセンスも変わっていて、それも面白い。

「誰かがいいと思って作った」という時点でだいたい面白いから、何らかのテーマで色々な図像が集められているような本は大好きで、あれば買ってしまう。今回は最近買ったお気に入りの3冊をまとめて紹介したい。

東京キララ社から出た幻の名盤解放同盟『ポンチャックアート1001』はすごい。根本敬、湯浅学、船橋英雄のお三方によるチーム「幻の名盤解放同盟」が収集してきたポンチャックのカセットテープ1001本のジャケットアートがフルカラーで掲載されている。

「ポンチャック」は韓国のローカル音楽で、ディスコ歌謡というか、テケテケしたシンセサイザーの軽快な響きに日本の演歌や民謡に似たような人懐っこいメロディーの歌がのったもの(そういうテイストでないものも、歌のないインストものも幅広くあるようだが、一応)。李博士(イ・パクサ)という歌い手が日本でも有名で、90年代~00年代にかけて国内盤もリリースされて話題になった。

ドライブミュージックとして運転中に聴かれることが多く(観光バスでポンチャックを流したり、歌ったりする場合も多いらしい。先述の李博士ももとはバスガイドとして歌っていたそう)、それゆえにカセットテープというフォーマットで80年代~90年代に大量にリリースされた。

そのカセットテープのアートワークは、歌い手や演奏者の写真をあしらっているものもあるが、とにかく楽し気で軽快な雰囲気だけが表現された抽象的なものも多く、「ええい!」と勢いで作られたように見えるものもたくさんある。もちろん、そうでない、かなり凝ったものもある。ただ、ポンチャックの音楽とも通じるような、体温というか人肌感というか、そういうものは共通しているように思える。303ページもあるこの本のページを最初からずっとめくっていくとなんだか気が楽になってくる。この世界の自分の居場所がまだ少しはありそうだと、なぜか勇気が湧いてくる。

ディスク百合おん 監修『短冊CDディスクガイド』ディスク百合おん 監修『短冊CDディスクガイド』もすごい。90年代の10年間を中心に日本でさかんにリリースされた、短冊形の8㎝CD(当時は「シングル」と言えばこれのことを指していた)を600曲も紹介するという一冊。

短冊CD専門のDJとしても活躍するミュージシャンのディスク百合おんさんが監修し、多くの音楽家・コレクターの方々とともに作った労作である。ディスクガイドなので、音源そのものに対して一作ずつ丁寧なレビューが掲載されていて、読み物要素もたっぷりなのだが、ジャケットの裏表をフルカラーで収録してくれているのがうれしい。景気のよかった日本の音楽シーンの景気のいいデザインをこれでもかと堪能できるのだ。

縦長、あるいは横長という、デザインするにもコツが必要だったであろうこのフォーマットをどんな風に生かすかという、デザイナーたちの苦心も感じられるし、「いっちまえ!」というノリのよさも感じられる。2020年代を生きる人には隔たりを感じるノリかもしれないが、こういう頃があったんだなと、その時代を自分も生きたはずなのに、うらやましくも思う。

ぎすじみち『沖縄レトロマッチの世界』ぎすじみち『沖縄レトロマッチの世界』もすごい。沖縄生まれのデザイナー・ぎすじみちさんが入手した144個の、60年代~70年代のものが中心と思われるマッチの数々をフルカラーで掲載している。

カフェあり、バーあり、ボウリングあり。様々な店舗・施設のマッチのデザインが収められている。今はもう存在しない店や施設のことを、マッチラベルを通して想像し、そこから当時の沖縄にイメージが向かっていくような、そういう楽しさがある。

当連載の第4回で高知県のマッチを集めた『マッチと街』という書籍を紹介したが(読み返したらこの時も切手博物館の話を書いている。いつも同じことを言っているようでお恥ずかしい)、こんな風に、各土地のマッチが集まった本がどんどん出版されて欲しい。

先の2冊に比べると、沖縄のマッチラベルのデザインはちょっと渋いというか、手堅いものが多いように思う。でもこれはこれで、じっくり考えた末に「これでいこう!」と考えたデザイナーがいたんだろうなと思うと、愛しく感じられてくる。

今、原稿を書きつつぎすじみちさんのプロフィールを読んだら

高校時代に雑誌宝島の連載「VOW」に影響を受け、街の面白風景を趣味で撮り始める。それをきっかけに長い時間を経た建築物や看板の存在感に惹かれていく

と書いてあって驚いた。親近感が湧く。

3冊とも、労力をかけて収集したものをさらに時間をかけて本にした人々がいて、それでこうして形になったものである。その苦労を思えば、どの本もタダ同然の価格だ。こういう本は、買い逃すとみるみるうちに希少化したりしてしまうから、今のうちに買っておいて、仕事で脳が疲れた時など眺めるといいと思う。

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スズキナオ
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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。

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