読んでは忘れて

第65回 松本創 編著『大阪・関西万博「失敗」の本質』

松本創編著『大阪・関西万博「失敗」の本質』2025年4月13日から約半年間にわたって、「EXPO 2025 大阪・関西万博」が開催される予定になっている。この文章を書いている今(2024年8月21日)、公式サイトを開くと「開催まであと235日」と表示される。

建設の遅れが何度も話題になりつつ、こうしている今も工事は続けられているのだろうし、昨日付けのニュースで、“(1)神戸港・神戸空港方面(2)淡路島方面(3)大阪市中心部(4)淀川本川(5)堺市の堺旧港”の5つの海上ルートが運航され、会場予定地の夢洲(ゆめしま)との間を行き来することに決まった、と報じられていたり、開催に向かって細かい部分が少しずつ進められているのだろうと思われる。

東京から大阪に移住してきてちょうど10年が経つ私は、「大阪、面白いな」と今なお新鮮な感覚で思うところが多いし、ある程度の期間住んでいるから「大阪のここはあんまりだな」と思うところも色々あって、まあでも、「今すぐ住む場所を変えたい!」と思ったりはしていない。よりよくなって欲しいし、自分が面白いと思う部分が増えたり、キープされていったりして欲しいと願いつつ生活している。

2023年4月の“ダブル選”を制し、「大阪維新の会」代表・「日本維新の会」共同代表の吉村洋文氏が大阪府知事を、「大阪維新の会」幹事長(以下、「維新の会」と表記します)の横山英幸氏が大阪市長を務めている大阪。私自身は維新の会の政治的なスタンスに違和感をおぼえる部分が大きいのだが、とはいえ、その人気は実感している。

これは印象のレベルに過ぎないが、大阪ローカル局のワイドショー等に積極的に出演している吉村洋文氏のキャラはお茶の間感覚で親しまれていて、大阪の商店街で街頭インタビューをしたらきっと「色々大変そうだけどよく頑張ってるのでは?」という意見が多いと思う。そして、「身を切る改革」を掲げる維新の会の、旧来の慣習を大胆に見直して無駄なコストをカットしていきますよという姿勢も、「融通が効かないお役所に切り込んでいく新しい感覚の政党」として、小気味いいものとして認知されている気がする。維新の会は教育無償化を目標に、2024年度からまず高校の授業料完全無償化をスタートしていて、それも背後に色々な問題点がありそうなのだが、とにかくは具体的なことを色々実行していると評価する声が多いだろう。

と、維新の会の(というか吉村洋文氏の)人気は大阪の街頭レベルではきっと高くて、その一方で、万博の向けたムードの高まりというのは、これも私の印象ではあるが、開催地の大阪でも特に感じられない。

いや、あちこちにマスコットの「ミャクミャク」の絵とかオブジェとかグッズを見かけるし、大阪を走るJRや地下鉄の車輛が万博バージョンにラッピングされていたり、視界にはよく入ってくるのだが、それが街の人の「楽しみだよね!」というハイテンションにつながっている感じは、今のところ、ほとんどない。「決まってしまったことで、それはもう変えられないのだろうから、あとはまあ、うまくやってくれたら」ぐらいの感じではないだろうか。

私は今の大阪で万博が開催されることについて全然いいと思わないし、他にお金を使うべきところが生活しているといくらでも目に入る(たとえば大阪の街を歩いていると、道路でも公園でも、経年劣化状態が放置されっぱなしの部分があまりに多いのだ)が、万博の開催は多くの人に支持される維新の会が主導して決まっていったことで、もうやることはやるんだろうから、できるだけ事故などなく(っていうか南海トラフ地震への対策とか本当にできてるんだろうか)、損失も少なく終わって欲しいと願うばかりの心境だ。自分の脳内のイメージとしては、家族の大事な生活費をギャンブル狂の親が持ち出そうとして、「やめてー!大事に使っていこうよー!」と子どもたちが必死で引き留めているのに「だまっとれ!この金を元手にうんと大きくするんや!」と足蹴にされてるような、そんな感じ。

と、ここまででやはり、私の文章からアンチ維新の会、アンチ関西万博という感じがして、この時点で「万博楽しみ!」という人は読んでくれていないかもしれない。が、本当は今回紹介する松本創 編著『大阪・関西万博「失敗」の本質』は、万博が楽しみだという人にも読んで欲しい。また、大阪から離れた場所で生活していて、万博に行く予定もないし、一切興味なしという方も、いつか別の巨大プロジェクトに巻き込まれることはあるかもしれないから、モデルケースとして参考になると思う。新書で900円(外税)という価格だし、その金額の余裕がもしあれば、とにかく勢いで買ってみて欲しい。

「読んでは忘れて」第65回

大阪・関西万博について、政治やメディアとの関わりや、夢洲という会場の特性、維新の会の経済政策との関連、大阪の都市の歴史など、複数の観点から、それぞれの分野の専門家が分析した一冊である。本書の編集者でありご自身も寄稿しているライターの松本創氏が「はじめに」にこう書いている。

開幕前からあえて「失敗」と断じることには反発も当然あるだろう。だが、こうしたメガイベントというのは、五輪もそうだが、事前に批判すれば「楽しみにしてる人もいるのに水を差すのか」「成功へ努力する関係者の足を引っ張るのか」と言われ、事後に検証すれば「終わったことをいつまでも」「今さら言っても遅い。なぜ事前に言わないのか」と批判されるのである。どんな形であれ、終わってしまえば、なんとなく「やってよかった」という空気ができ、それに乗じて関係者は「大成功だった(私の手柄だ)」と言い募る。「成功」の基準がないから、いくらでも恣意的に語られてしまう。そうなる前に、「失敗」と見る批判的立場から問題を整理し、指摘しておくべきだと考えたのである。

これは本当にそうで、特に万博について吉村洋文氏は何度も「未来の子どもたちのためにも意味のあること」というような主旨の発言をしていて、そうやって“未来へのメリット”を持ち出せば究極的には分析や検証をある程度は無効にできてしまうのだ。「まあ批判はありましたけど、万博を見た子どもたちが将来何か大きな発見を人類にもたらすかもしれないので」みたいな。

実際、もしかしたらこの万博がそんな未来の何かに繋がるのかもしれないし、それはすぐわかることではない。しかし、現時点で懸念される点や、すでに発生してしまっている費用面の問題、災害時の対策の不十分さなどはもう数多くあって、まずはそこを今のうちに踏まえておきたい。開催後、どんな結果が待っているにせよ、巨額の国費が投入されているこのような巨大イベントが、そのようにつぶさに見られるべきなのは当然だろう。まさに、今、開催前だからこそ読んでおきたい本なのだ。

どの章の分析も興味深いが、建築エコノミスト・森山高至氏の執筆による第2章『都市の孤島「夢洲」という悪夢の選択』は特に印象的だった。

今回の万博について、特にハードルが高いのが会場に「夢洲」という人工島が選ばれたことだという。夢洲は大阪市の西側にある人工島で、1980年代から廃棄物処理場として使用されてきた。

万博の開催候補地は大阪府内に他にも挙がっていたが、不透明な話し合いの中でそれが夢洲に決定され(その過程については他の章でも言及されている)、土地の急速な整備が進められてきた。

埋め立て地には地盤沈下のリスクが必ず発生し、それがパビリオン建設にとって大きな足かせになる(もちろんそのために工事費用も膨らむ)。軟弱な地盤の上に巨大なパビリオンを建てるためには、一つの方策として、地下40~50メートルもの長さの杭を打つ必要があり、会期の終了後にはそれを引き抜かなくてはならない(杭は打つより引き抜く作業がより困難だとか)。

また、これはニュースにもなっていたが、夢洲が廃棄物処理場であるために防ぎようなく発生してしまうメタンガスがどこか一か所にたまれば、それに引火して爆発が起こる危険性が発生するため、火の扱いや、ガス濃度のモニタリングも厳重に管理する必要が生じる。

さらに、海に浮かぶ夢洲にはアクセスルートが現在2か所しかなく、作業員の移動はもちろん、工事用の資材の搬入搬出もかなり困難になっている(またこれは実際に万博が開催されている期間、防災上の大きなリスクにもなる)。この悪条件の重なりの中で工事作業を進めている方々はさぞ大変だろうと思う。

そしてこの章で最後に指摘されているのが、現在、万博の会場工事が急ピッチで進んでいることの証明のようになっている木造リングのこと。公式には「大屋根」と呼ばれるらしい大きなリングについて、オフィシャルサイトではこのように言及されている。

大屋根(リング)は、完成時には建築面積(水平投影面積)約60,000㎡、高さ12m(外側は20m)、内径約615mの世界最大級の木造建築物となります。
リングの屋根の下は、会場の主動線として円滑な交通空間であると同時に、雨風、日差し等を遮る快適な滞留空間として利用されます。また、リングの屋上からは会場全体を様々な場所から見渡すことができ、さらにリングの外に目を向ければ、瀬戸内海の豊かな自然や夕陽を浴びた光景など、海と空に囲まれた万博会場の魅力を楽しむことができます。

万博会場の現在の様子がメディア向け、一般向けに公開される際、そのほとんどで木造リングの上や周辺が見学ポイントになっていて、そこからも、この建造物が万博会場の今の象徴になっていることがよくわかる。

木造リングの建設が進んでいる(構造自体はほぼ完成状態らしい)ことが工事の進捗を象徴している一方、実はこの存在が工事を妨げてしまっているという。

というのも、

本来なら、リング内部の各国パビリオンが林立し、ひとつの都市が形成されつつある脇で、最後の最後に木造リングで会場を城壁のように囲うというのが、適切な工事の流れであったはずだからである。

だそうで、様々な悪条件からパビリオン建設が遅れてしまっているところに、まず木造リングの建設を、作業進捗の象徴としても急いで進めたはいいが、リングが先にできてしまうと、

木造リングの先行配置によって工事現場へのアプローチが6か所に絞られているという。しかも、木造リングの柱や梁をすり抜ける場所は、山門状の通り抜けとなっており、クレーンをはじめ背の高い重機はそのまま通り抜けることはできない。

という状況が発生してしまうのだという。リングによって肝心のパビリオンの建設がより難しくなるという、この、なんというか、グズグズ加減というか、おっちょこちょい感。いや、それで済む話ではないのだが、不謹慎ながらちょっと笑ってしまいそうにもなる。NETFLIXで見た『FYRE: 夢に終わった史上最高のパーティー』という、ずさんな音楽イベントが失敗に終わるドキュメンタリー映画を連想した。

このようなことが今起きていて、それでもとにかく開幕に向けた作業は進んでいるはずで、これからもきっと様々な問題が出てくるのだろうと思う。その一つ一つを見て、しっかり記憶して、分析していくことが、今、自分が大阪にいることの意味の一つだなと思う。

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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。

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