読んでは忘れて

第61回 前田隆弘『死なれちゃったあとで』

前田隆弘『死なれちゃったあとで』まず、マメイケダさんの装画が素晴らしい。手にすとんと馴染むようなサイズの本だ。ページをめくると、ライターの前田隆弘さんが様々な人の「死」について書いている。どの死も前田さんが生きてきた過程で間近にあったもので、家族の死もあれば友人の死もあり、通りがかりに出会ったような死もある。

前田さんの文章はリズミカルで面白くて、「こんな風に書けたらな」と読んでいて思うのだが、その文章同様に真似できないと思ったのが、死への向き合い方であった。

本書の始めには「針中野の占い師」という文章が収められていて、それは前田さんの大学時代の後輩Dさんの死について書かれたものだ。後輩だけどDさんと前田さんはすごくウマがあって、学年・年齢の差を越え、ファミレスや喫茶店や居酒屋で長い時間をとにかくしゃべり続けて過ごした。前田さんが大学を卒業して会える頻度が減っても、関係性は変わらず、お互いの近況を気にし合うような仲で、そんなある時、Dさんの元彼女から前田さんに連絡が来て、Dさんが自死してしまったことを知らされる。

その出来事は「20年ほど前の、9月の連休のこと」だと書かれている。前田さんはその当時もDさんの死について向き合い、Dさんが死を選んだ背景についてとか、それを防ぐために自分にできたことがあったのかもしれないとか、考えてはやり切れなさを感じていたのだと思う。自分が考えたどんなことも、Dさんに直接確かめることはできない。それでも前田さんはDさんの存在を遠くに押しやってしまわず、自分の中に抱え続けながら何度も何度も「なぜ」と問い続けてきたはずだ。

本書の後半に収められた「種子島へ」という文章は、Dさんの死から20年ほどが経った2023年に前田さんがDさんの実家を訪れた時のことを書いたものだ。前田さんはその前年、参加者同士がインタビューをし合い、対話を重ねていく「オープンダイアローグの合宿」に参加し、そこで自分の人生にDさんがどれだけ大きな影響を与えてきたかに改めて気づく。そして、Dさんの葬儀が行われた翌年に行ったきりだった種子島へ行くことを決める。

そこでの経験があってきっとこの本が書かれることになったのだと思う(この本はもともと「文学フリマ」に出るのに何か本を作らねばと思ってできたものらしく、つまり「死」ではない別のテーマが選ばれる可能性もあったが、執筆を始めると「これはいま書かないといけないやつだ」という確信が芽生えたという)。前田さんが死について考えてきた時間が積み重なって、その上で書かれたものなのだ。

「読んでは忘れて」第61回

私(スズキ)が経験した身近な死は今のところ多くなく、祖父や祖母、義父、数人の友人が亡くなった前後のことが思い浮かぶぐらいで、そしてその一つ一つにも、どこまでしっかり向き合っていたかと思うと心もとない。悲しみや喪失感はあっても、本当に辛い部分から目を背けてきたところがあると思う。身近な人の死は私にとって大きな恐怖で、その人がもうこの世にいないことをどう受け止めていいかわからないから、「今たまたま目の前にいないだけ」みたいにいつも考えている気がする。棚に上げているというか、逃げている気がする。だからこの本を読んで、その向き合い方に圧倒されるのだ。

繰り返すが、前田さんの文章はすごく面白くて、たくさんの死が扱われているにもかかわらず、陰気な感じはない。笑ってしまいそうになる部分も多い。前田さんの文章に書かれる死者たちはとても生き生きしていて、それが不思議だ。これもまた、前田さんが死んだ人々のことを遠い思い出として追いやることなく、ちゃんと自分の中に持ち続けているからなのだろうか。

この本を読み終えて思い出した場面があって、それは少し前に、ある居酒屋で飲んでいた時のことだ。コの字カウンターの席について注文したおつまみができあがるのを待っていると、私の近くに座っていた60代半ばぐらいの年齢だと思われる紳士が話しかけてきた。他愛もないやり取りがしばらく続いた後、その人が「割と遠方の住まいから月に一回ぐらいのペースでここに来ている」というような主旨のことを言った。よっぽどこの店が好きなんだなと思い、「最初にこの店に来たきっかけはなんだったんですか?」と私が質問したところ、このような話を聞かせてもらうことになった。

男性には3人の息子さんがいて、みなとっくに成人しているのだが、特に次男と気が合って、その次男も自分もお酒が好きなので、よく一緒に飲みに行くらしかった。お互いが好きな店を紹介しあっては「いいな、この店」「今度はあそこに行ってみよう」みたいに計画しては出かけて、それが趣味のようになった。

ある時、その次男に交際相手を紹介された。結婚するつもりだという。次男はその交際相手が住む町によく通うようになって、その町で見つけた居酒屋にふと入ってみたら、それがすごくいい店だった。それで「本当にいい店だったから今度お父さんも一緒に飲みに行こう」と連絡があって、「じゃあこの日にしよう」と約束してそれを楽しみにしていたら、数日後、次男は交通事故で亡くなってしまったのだという。

それからどれだけ深い悲しみの日々が続いてきたのか私には想像もできないが、男性はある時、息子と約束したのに一緒に行くことができなかった居酒屋に行ってみようと思い、そうやって飲みに来たのがこの店だと言うのだった。

それから、月に一度ほどのペースでこの店に来て、つまみを2、3品ほど注文して酒を飲んで時間を過ごすようになった。そうしている間、息子と一緒に酒を飲んでいるような気がするのだと男性は言うのだった。死別からだいぶ時間が経って、息子と婚約していた相手は別の人と結婚することになり、それを自分にも報告してくれた。でもその時に、息子が隣にいたはずだったのになと、少しは思ってしまったのだという。

そんな話をしばらくして、男性は「長いこと話してごめんな」と店を出て行った。そうやって、亡くなった人と一緒にいるようにして飲む酒もあるんだなと思って、しばらくぼーっとしていた時のことが、この本を読んで思い出されたのだった。

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スズキナオ
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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。

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