読んでは忘れて

第54回 ジョン・カサヴェテス 著、レイ・カーニー 編『ジョン・カサヴェテスは語る』

ジョン・カサヴェテス 著、レイ・カーニー 編『ジョン・カサヴェテスは語る』濱口竜介監督の映画が好きで、これまでに製作された作品群を一時期、集中的に見ていた。濱口監督の書く文章も面白くて、寄稿している本があったら買って読む。インタビューや対談も面白い。濱口監督の文章やインタビューの中によく出てくるのがジョン・カサヴェテスという映画監督の名前だった。

たとえば濱口監督の『ハッピーアワー』はカサヴェテスの『ハズバンズ』という映画に多大な影響を受けて作られたものだという。そうなると当然そのカサヴェテスの映画を見てみたくなる。のだが、自分が加入しているNETFLIXやアマゾンプライムでは配信されていないし、DVDはちょっと高いしで、見る機会がなかった(という書き方はずるくて、本当に見たいと思ったら買える値段だった。それに作品によってはかなり安く中古DVDが買えたりする。つまり気合が足らなかったのだ)。

それが、今年(2023年)になってカサヴェテスの作品群がミニシアターで特集され、私の住む大阪の映画館でも上映されることになった。そこでまずは『ハズバンズ』を見ることにしたのだが。その映画が衝撃的だった。

家庭を持つ3人の中年男性が主人公で、3人は親友同士である。その3人にはもう一人の親友がいて、長い間4人でつるんでいたらしい。その一人が死んでしまい、3人がその葬式に行く。その失望感から、3人はそのまま家に帰らず、浴びるように酒を飲み、自分たちが住んでいるニューヨークからロンドンへと旅に出る。カジノで金を使い、その場にいた女性たちをナンパして、放蕩的な時間を過ごす。

最近、「ホモソ」「ホモソーシャル」という言葉をよく目にするようになったけど、まさにそんな、男性が男性として振る舞い、そこにはベタベタした密接な関係性があって、その反動なのか、外にいる人々を軽視しているような雰囲気が3人から濃厚に漂っている。その様を執拗に、これでもかと写した映画で、映画館で見ていて「もうわかったからこのシーン早く終わってくれ」と思った。醜悪さ滑稽さ、無自覚な暴力性が延々映る。寂しくも空しくもある。カメラが顔にめちゃくちゃ近くて、登場人物たちの声もやたらデカい。見ていてずっと緊張して、疲れ果てて142分の上映時間が終わった。

しかし、間違いなく強烈な体験ではあり、こうなったら他の作品も見てみたいと思った。その後も、同じ特集上映で別の作品を見たり、調べたらU-NEXTで2023年9月末までいくつかの作品が配信されているとわかり、それに加入して家で何本か見たりもした。

で、見るごとにカサヴェテスのことが「なんでこんな映画ばかり作ったんだろう」と、どんどん気になっていく。カサヴェテスは1989年、59歳で肝硬変のために亡くなっている。濱口監督をはじめ、多くのファンを持つ人で、日本でも何年かおきに雑誌で特集が組まれたりしてきたようだが、常に手に入るような関連書は見つからず、古本通販サイトを調べたら『ジョン・カサヴェテスは語る』という、カサヴェテスの発言を時系列順に並べて大量に収録した本の日本語訳バージョン(遠山純生・都筑はじめ 訳)が2000年に幻冬舎から出ていた。

23年前の本で、部数もそんなに多くはなかったんだろうか、価格が高騰していた。しかしどうしても読んでみたいので買った。1万円ちょっとした。読んでみるとすごく面白い。レイ・カーニーという人が編集をしているのだが、その人の文章は最低限の注釈とあとがき以外なくて、主要作品の解説文以外はもうずっとカサヴェテスの言葉だけ。349ページある。

「読んでは忘れて」第54回

作品について語っている部分はそれぞれの作品を見てから読んだ方が絶対に面白いと思うのだが、それ以外の、映画を作る姿勢について、とか、多くの人の人生にも当てはまりそうな部分などは、カサヴェテスを知らないで読んでも面白いかもしれないが、どうだろう。私はカサヴェテスのことをつい最近知ったばかりだけど、それでも面白いので、たぶん面白いはずだ。いくつかの発言を抜き出してみる。

商業的な映画製作には妥協がつきものだ。妥協といっても、自分のやろうとしていることや、そのやり方についてじゃない。テクニックや内容についてでさえ、ないかもしれない。けれどその妥協によって、心の奥に秘めた考えに自信がなくなり始めるんだ。もし自分の心の奥の考えを映画に注ぐことができなければ、観客だけでなく一緒に働いた仲間をも見下しているということになるだろう。そのせいでこの仕事をする多くの人間が不幸になっていくんだ。彼らは言う。「まあいい。金をたくさん稼いで、また後でやり直せばいいさ」と。もちろん実際はそうしない。心の底の信念は少しずつ自分から離れていく。そして一度それを失ってしまえば、後にはもう何も残されてはいないんだ。自分から進んでそうなる人間はいない。ただ多くの人は、それを失っているのに気づかないだけなんだ。

自分の作品を娯楽とは呼びたくない。探求なんだ。人々への絶え間ない問いかけだ。どんな気分だい?どれぐらい知ってる?これに気付いた?これに対処できる?いい映画は、それまで考えたことのないような様々なことを問いかけてくる。どうして、もう理解できていることを描いた映画を作りたいなんて思う?

世の中の人たちは自分のやりたいことをやってないと思う。たとえ間違っていようと、自分のやりたいことをやるのは、とても大切だ。これは人生観についての一つの考え方なんだ。ぼくらはあまりに臆病すぎて、仕事を恐れ、妻を恐れ、子供を恐れ、外に出るのを恐れてしまってる。こうした恐れを批判する人たちも、すぐそれに染まってしまう。それは、ぼくらの人生がある一つの考え方に偏ってるからだ。自分が人からどう見えるかを気にしすぎるんだよ。ぼくらはいつも自分らしくない生き方をしてる。だから不幸なんだ。世の中は臆病だ……この「臆病」の意味は、世の中にゆとりがなさすぎて、政治や宗教みたいなつまらないことにびくびくしすぎるってことだ。あらゆることに防衛的になりすぎて、楽しいことまで失ってる。楽しいことは、いつ起こるか分からないひどいことよりも大切なはずだ。なのに、ぼくらは多くの時間をつまらないことに費やしてる。人間らしいことに時間を使ってないんだ。

ぼくは25年間映画を作ってきたけど、大金をもたらしたものは事実上一本もない。(でも)ぼくらが成功しなかったなんて言う人は世界中探したって一人もいない……。今まで生きてきて、これほど素敵な気分になったことはないくらいだ。

と、これだけでもカサヴェテスが商業的な映画のあり方に抵抗し、自分にしかできない表現、自分が探求したいテーマに向き合ってきたことが伝わってくる。カサヴェテスは映画を作るために自宅を担保に借金をしたり、役者としても才能があったため、テレビドラマの役者仕事などを受けて資金を作ったり、そんな風にして自分のやりたいことを可能な限り貫いた。そして自分にしか作れない映画をたくさん作った。

『ハズバンズ』公開時のことについて語っている部分が面白いので最後に引用したい。

ある晩、テレビを観てると、クリープランドで500人もの観客が、そろって映画の途中で出て行ってしまったって、ニュースが報じてた。映画の題名は『ハズバンズ』だった(笑)。こう考えて、笑うほかなかったよ。やれやれ、何がそんなに観客の心を揺り動かしたんだろうなって。ぼくは楽天的に考えるたちでね。500人もの観客を怯えさせ、劇場から出て行かせるような映画を作れるなんて、すごいじゃないか。

カサヴェテスの映画も言葉も、何かと激しく戦っていて、私にとっては、たとえば気持ちが和んだり、落ち着いたりするようなものではない。がんばって飲み込もうとしても吐き出してしまうような、ゴツゴツした手触りがある。それでも、こんな人がいて、こんなことを言っていたんだと、自分とは全然違う人の言葉がたくさん詰まったこの本を読んでいると痛快な気持ちになってくるのだ。

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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。

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