読んでは忘れて

第48回 古賀及子『ちょっと踊ったりすぐにかけだす』

古賀及子『ちょっと踊ったりすぐにかけだす』古賀及子さんは素晴らしい日記をネット上に書き続け、これまでにそれを何冊かの自費出版本としてまとめ、私はそれが出るたびに買って愛読してきた。先日、素粒社という出版社から、古賀及子さんの日記の本が出た。2018年から2022年までの日記からの選りすぐりを収録したおよそ320ページの本で、つまりこれは、古賀さんの今までの日記のベスト盤みたいなものである。

私が過去にオンライン上で読んだり、自費出版本として読んだりしたものも改めて収録されているわけだけど、4年間の時の流れ(特にお子さんたちがどんどん成長していくことに時間の経過を感じる)がパッケージングされたこの本を、一冊の本として読んでみると、やはりまた感動が新たになる。

「クイズの脇が甘い」という題のついた日記が収録されている。添えられた日付は2019年10月5日(土)となっている。私はこの日の日記が好きで、何度も読み返している。というか、この本を読んだ人たち同士で「何年何月何日の日記がお気に入りですか?私はね」と、話し合いたい。「古賀さんの日記っていいよね」という全体の感想もいいけど、「あの日が最高!」と、そういう風にも楽しめる本ではないか。

2019年10月5日(土)は、古賀さんの、小学生の娘さんがタブレット端末で勉強をしていて、いくつかの科目があるうち、算数だけ学習時間が短いことがわかる(電子端末だからそういうことがわかるようだ)。算数が苦手らしい娘さんに古賀さんは「ぱっと見て解けない問題にも挑戦しないといけないよ。」と言い、泣きながら勉強している姿を見て言い過ぎたかなと思う。しかし、娘さんは午後のバレエの稽古が近づくとすぐに元気になり、これから穿くショートパンツを人差し指でくるくる回しながら鼻歌を歌っている。

古賀さんが昼ごはんを用意している間、古賀さんの、中学生の息子さんと娘さんの二人が15年前に買ったドラえもんのムック本を引っ張り出してきて読んでいる。かつては字が読めず、言葉もおぼつかなかった息子さんとその本を読んだことを古賀さんは懐かしく思い出す。息子さんはその後、塾に行くために家を出る。

古賀さんは娘さんをバレエの稽古に送っていく。途中で娘さんが「日陰を通っていこう」と古賀さんに言い、そのすぐ後に「いま私が理科で習っていることはなんでしょう?」というクイズを出す。三択クイズで、選択肢の一つに「光と影」というものがある。「日陰を通っていこう」という言葉の後に唐突に出されたクイズだから、答えは「光と影」だろう。結果、やっぱりそれが正解だった。そのことがあってこの日の日記の題名は「クイズの脇が甘い」になっている。

バレエの稽古が終わった娘さんを古賀さんが迎えに行って、そのまま二人で都庁の展望台にのぼる。多摩川の花火大会の花火が都庁の展望台から見えるかを確認する必要が古賀さんの仕事に生じ、そこに娘さんも連れていったのだ。入場時に荷物検査をしている係りの人の感じがすごく気さくでよかったらしい。

展望台の窓から花火は見えた。大きな花火が打ちあがるたびに展望台にいる人たちから歓声が起きた。そこに、塾が終わった息子さんから電話がくる。「いま都庁にいるよ、花火が見えてるよ」と古賀さんが言うと、息子さんは「こっちも塾のビルの階段から見えてる」と言う。別の場所で、家族がみんな同じ花火を見ている。

都庁を出て、人のいない地下道を古賀さんと娘さんが歩いて帰っていく。娘さんが「回して」と言い、古賀さんが手をとってくるっと回してあげる。すると娘さんは、古賀さんが手を放しても、笑いながらくるくると回り続けた。

そこで日記は終わる。見たことのない花火、見たことのない回転が、ぼんやりとだが、頭の中に思い浮かぶ気がする。いいな、この日。

「読んでは忘れて」第48回

こんな鮮やかな一日が自分の人生にあっただろうか。本当は誰の毎日もそれぞれに鮮やかで、それをどんな風に書き留めるか、表現するか、とか次第なのかもしれない、と、そう思いたいが、やはり、こんなに鮮やかな一日は自分の人生にはなかった気がする。

今日、昼間に梅田の地下街の立ち飲み屋に入った。ドアが無い、通路と地続きになった店で、通路を挟んだすぐ向かいが花屋だった。お酒を飲み終え、一緒にいた友人が花を買って帰るというので私も真似して花を買ってみた。「チューリップかなり安いです!」と、花をよく買うらしい友人が教えてくれたのでチューリップと、あと、お店の人がすすめてくれたマーガレットなどを買った。

しかし、家に持って帰ってみると、「花瓶が無いのに……」「(私の)色選びがいまいち」というような言葉が花と引き換えに与えられただけだった。そうか、そういうことも十分あり得たんだった。喜ばれるとばかり思っていたが。沈んだ気持ちになり、ウイスキーを炭酸水で割って、さっきから飲んでいる。花は台所の一隅に、買った時の包みのまま、今も立て掛けてある。

古賀さんの本のページをめくりながら酒を飲み、また別の日の日記を読む。言葉と酒のおかげで、少しずつだけど、愉快な気持ちになってきた。次の一杯を作りに台所へ行くと、明日捨てるつもりだった空のペットボトルがいくつかあるのに気づいた。とりあえず、今からそこに花を活けてみようと思っている。

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スズキナオ
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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。

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