読んでは忘れて

第44回 嘉山正太『マジカル・ラテンアメリカ・ツアー 妖精とワニと、移民にギャング』

嘉山正太『マジカル・ラテンアメリカ・ツアー 妖精とワニと、移民にギャング』この本の著者の嘉山正太さんはメキシコに住んでいる。そこで「撮影コーディネーター」という仕事をしている。撮影コーディネーターとは、たとえば日本のテレビ番組で海外の文化や風習を紹介しているようなものがある、ああいう映像を撮るために、テレビ局等から依頼を受け、撮影の段取りをつけ、撮った映像を納品するという仕事である。

嘉山さんでいえば、メキシコシティに住むUFO研究家のインタビュー映像を撮ることもあれば、アマゾンまで出かけてサルやワニを撮影することもある。2017年にメキシコで大地震が発生した時など、現地からニュース番組向けに映像を届けることもある。

そういう仕事をしているゆえに、嘉山さんはメキシコや周辺国、いわゆるラテンアメリカのことに詳しく、また特に珍しい光景にも数々出くわしてきたらしい。そんな嘉山さんが書いたこの本のことを出版社に勤める知り合いから勧められた時、もしかしたらラテンアメリカのあちこちを珍奇なものとして、「変でしょ!面白いでしょ!」と紹介する本なのかもしれないと思った。つまりなんというか、軽いノリで扱っているような本だったらどうしようと思った(いや、どうしようというのも変なのだが)。

しかしそれはまったくの見当違いであった。もちろん日本に住む私から見て珍奇なものに見えるような光景も本には描かれているのだが、嘉山さんは常にそこにいる人に対して、友情に近いような愛を持って接していて、友達の言葉に「うんうん」と頷くようにして耳を傾けている。それが文章の端々から伝わってくる。

アメリカとの国境付近にあるメキシコのティファナという町に「友情公園」の異名を持つ公園があるという。そこは国境に隣接する公園で、国境に隔てられて暮らす人々が、壁越しのコミュニケーションを取りに訪れる。お金を得るため、メキシコからアメリカへ非合法的な身分で渡り、メキシコに残した家族に送金している人々がいる。そういった事情を抱えた人たちが壁のほんの小さな隙間からお互いの指に触れ、顔を見せ合いにやってくるのだ。嘉山さんはその光景をすぐそばで眺め、そこで交わされるコミュニケーションの切実さに圧倒される。

「読んでは忘れて」第44回

また、世界で最も治安の悪い国と言われることもあるホンジュラスで元ギャングをしていた若者の言葉を聞き、彼がギャングになることを選ぶしかなかった背景に思いを馳せる。そのインタビューの後に綴られる、

お互いにとって、とてもつらいインタビューだった。すこし前までの和気藹々とした雰囲気は跡形もなかった。それでも少しだけ、彼らがどうしてギャングに入ったのか、想像することができるようになった気がした。わかったとまでは言い難いが、想像はできるようになった気がした。

というこの一文からも、嘉山さんが相手の内面を想像し、そこにできるだけ近づこうとしながらも、安易に「共感した」などと書くことに抗う姿勢を感じた。

どこの国で、どんな環境で暮らす人々にも、自分と同じような感情があり、通じ合うことができる。でも、どこまで近づいても結局は他人と他人であり、相手の内側には絶対に想像の及ばない領域がある。そういうことに嘉山さんは敏感で、だからこそ、この本は、単にラテンアメリカのことを物珍しがって終わりみたいなものでは全然なく、離れた場所の、様々な状況下で暮らす人たちの息遣いが感じられるようなものになっているのだと思う。

きっとそれは嘉山さん自身が日本からメキシコにいって仕事をして暮らす「移民」であり、そのことに自覚的だからだと思う(本書は後半に進むにつれ、「移民」として生きる人たちに眼差しが向けられ、序盤のちょっとユーモラスな、それこそ日本に住む人からすれば奇異に見えるであろうラテンアメリカの側面から離れ、シリアスなトーンになっていく)。

嘉山さんの移動距離に比べると規模がとても小さいが、私も東京から大阪に移り住んで暮らしているし、そういうレベルで、ある土地からある土地に移って暮らしている人など、たくさんいるだろう。

また、

「移民すること」は、人々の、いろんな人生の段階で、起こりうることのような気がする。でも、大切なものは変わらない気もする。(中略)極端なことを言ってしまえば、もしかしたら、ぼくらはみんな移民なのかもしれない。ぼくらは移ろいゆく、時間の流れのなかを。

と、嘉山さんが書く通り、ある時間に産み落とされ、まったく知らない過去の時間のことを知ったり、その過去から続く何かに影響されながら生きざるを得ない私たちは、誰しも多かれ少なかれ移民的な部分を持っていると言えるのかもしれない。そして、たとえささやかなものであっても、そこに生まれる葛藤を頼りに、生存自体が脅かされている人々や、最低限の暮らしすらキープできないような状況にある人たちのことをもっと近くに感じなければならないと思う。

メキシコに移り、敬意と愛を持ちつつその土地やそこで生きる人たちに眼差しを向けている嘉山さんの姿勢に背筋を正される思いがした。

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スズキナオ
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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。

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