物欲はあって本当に必要なのかわからないものまでとりあえず買ってしまうタイプだが、何かを収集できるほどの根性がない。コレクションと呼べるものがあったり、何かを網羅的に把握して語れるような人が本当にうらやましく、そういう人の話を聞いていると自分が未知の世界に向かって開かれるように楽しい。自分がそうできないからこそ余計にそういう人に憧れるのかもしれない。
だから私は昔から「〇〇カタログ」とか「〇〇大全」みたいな本が好きで、たとえばバンド・たまの石川浩司氏が自身が集めてきたジュースの空き缶コレクションを紹介する『懐かしの空き缶大図鑑―石川浩司のお宝コレクション』も、オリジン社という出版社から出ていたポケット図鑑シリーズの中の『全国駅弁 ポケット図鑑』も、オールドスクールなデザイン満載の『ラジカセのデザイン! JAPANESE OLD BOOMBOX DESIGN CATALOG』も、私がスタッフを務めるミニコミ専門書店「シカク」から出た小山祐之さんの『団地の給水塔大図鑑』も、今パッと部屋を見まわしたら目に入ってくる位置に置いてある。
もしかしたら、何か(できればカラー写真が)ズラーっと並んでいる本なら、私はなんでも欲しいのかもしれない。『世界の乾電池カタログ』『野菜・果物が入ったダンボール大図鑑』『オールカラー バンドTシャツのすべて』『大相撲 化粧まわし大百科』など、架空のタイトルを今適当に考えただけでも「そんな本を書店で見つけたら買うな」と思う。
だから、『名古屋の富士山すべり台』も当然買った。名古屋にある「風媒社」という出版社から出た本で、帯には
ナゴヤ独自の公園遊具(プレイスカルプチャー)“公園の富士山”の全貌を解明!50年以上前につくられた第1号から令和最新モデルまでその魅力を余すところなく紹介。富士山すべり台大百科
とある。
私は名古屋には数えるほどしか行ったことがないが、宿泊先の近くの公園にふらっと足を踏み入れたらいきなりここでいう「富士山すべり台」があって驚いた。ピンク色で、頂上が雪をかぶったようにギザギザに白く塗られていて、可愛い。まだ朝早い時間で誰も遊んでいなかったらから友達とはしゃいで写真を撮り合った。
その写真を後でSNSにアップしたら「名古屋の富士山遊具いいよねー!」みたいな感じで名古屋出身の方から連絡がきたりして、「おお、どうやらこれは名古屋ローカルなものなんだな」と知ることになったのだが、その「富士山すべり台」の大百科がこれなのだ。
なるほど、フルカラーのページをパラパラめくると前半はめくれどめくれど、似てるけどちょっとずつ違う「富士山すべり台」の写真が現れ、それぞれの特筆すべきポイントについて丁寧な解説が添えられている。もうそれだけでカタログ本好きにしては大満足で「なんで今こんなにたくさんの富士山型のすべり台を見ているんだ?私は」とだんだん意識が遠のいてくるのが嬉しい。
しかし、本書はそれだけに終わらず、富士山すべり台が生まれた経緯や公園遊具の造形に関する考察、実際に製作を手掛けている方々へのインタビューなども収められ、富士山すべり台への理解を深めてくれる。
「富士山すべり台」という呼称は著者の牛田さんの造語で、工事業者や公園関係者の間では「プレイマウント」と呼ばれているそうだ。登って楽しむ遊具ぐらいの意味合いか。特に「富士山」的な要素は名前には込められておらず、なんとなく富士山っぽくなっていっただけで、当初から富士山型の遊具を作ろうと思って生まれたものではないらしい。確かによく考えてみれば静岡県にこの富士山すべり台がたくさんあるならわかるけど、名古屋だしな。「なんで富士山?」と思う人だって多いだろう(ちなみに本書に掲載されているすべり台の中でパッと見て富士山だとわかるようなデザインになっているものはむしろ少数派である)。
富士山すべり台の第1号が生まれたのは1966年(昭和41年)のこと。高度経済成長期であった当時、宅地がどんどん造成され、それにともなって公園を作り、子供向けの遊具を大量に設置する必要性が高まっていた。そこで脚光を浴びたのがコンクリート遊具。デザインを固めてしまえば共通の図面で量産できるため、一つの遊具が人気を集めると、それと同型のものが他の場所にも作られていく。そのような流れの中でいくつかのモデルとなる遊具が生まれていった中、名古屋で局所的に普及したのが富士山すべり台だったという。
見た目の面白味だけでなく、なだらかに裾野が広がる富士山的な形は安全性も高く、滑って遊べる面もぐるりと広く取れる。子どもにも保護者にも喜ばれる設計なのだ。また昭和40年代~50年代に作られたものがほとんどなのに多くが今も現役で使われていることが証明している通り、丈夫で安定した構造だという点も長所だ(そのかわり一度ひびが入ってしまったりすると補修が難しいらしい)。
と、読んでいると富士山型のすべり台がただ突然できたわけでなく、様々な必要性や背景の中で生まれたことがわかる。冒頭にこんな言葉がある。
われわれは気づいていただろうか?これら富士山の遊具のことを。これらを手掛けた無名の作者たちのことを。道具をめぐって熱い思いを交わした、人々の歴史を。公園の遊具は一握りの天才による達成ではない。無名の人々による集成なのだ。
一握りの天才による表現も素晴らしいし私はそういうものに打たれっぱなしだが、無名の人たちの造形、デザインを大量に集めることで見えてくる迫力もある。そして後者は一握りの天才に比べて分散的で埋もれやすく、ありふれたもののように見え、気にものぼらないことが多い。
だからこそ丁寧に情報を集めてまとめあげ、“無名の人々による集成”を感じさせてくれるこういう本が私は好きなのかもしれない。
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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。
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