読んでは忘れて

第16回 清水浩史『深夜航路 午前0時からはじまる船旅』

清水浩史『深夜航路 午前0時からはじまる船旅』「スズキさんが好きそうな本がありますよ」と、ある人から教えていただいたのがこの本だ。それを聞いたのが飲みの席で、すぐその場でスマホを取り出し、検索して通販サイトから即購入。しばらく本棚にしまってあったのだが、なんとなくこのタイミングで読みたくなり、ページを開いた。

著者である書籍編集者・ライターの清水浩史さんは旅が好きで、日本各地の港を結ぶフェリーにあちこちで乗っている。のんびりした船旅が好きな清水さんが、フェリーの中でも“午前0時から午前3時まで”に出航する定期航路を「深夜航路」と名付け、それに絞った船旅の模様を綴ったのが本書である。

もう一度書くが“午前0時から午前3時まで”である。私が乗ったことのあるフェリーで夜の便というと、例えば東京の竹芝桟橋から夜の22時頃に出航して、朝6時過ぎに伊豆大島に到着する便を思い出すのだが、そんなもんじゃなく、もっともっと遅くに出発する便。「そもそもそんな船ってあるの?」と思うのだが、この本の取材が行われた2017年時点では全国で14航路あり、この本ではその14航路すべてを実際に利用した模様が書かれている。

青森を午前2時に出て函館に午前5時50分に着く「青函フェリー」、神戸港を午前1時10分に出航して愛媛県の新居浜港に朝8時10分に着く「四国開発フェリー」、奄美大島を午前2時に出て鹿児島に18時50分に着く「フェリーとしま」、と、「一体どんな人がどんな用途で利用しているんだろう」と思わされるものばかり。

著者の清水さんは、各フェリーの船内の様子、そこで見た光景、フェリー到着後の旅の模様なども詳しく書いているのだが、私が好きなのはフェリーに乗り合わせた人に決してずけずけと近寄っていかない清水さんのスタイルである。

清水さんは深夜航路を使った旅を「夜の静けさを満喫できる」ものだと考えている。ただでさえ乗船時間の長い便が多い船旅で、さらには夜の深い時間とくれば、ワイワイ騒いでいる人は滅多にいない。

「個人・団体を問わず、航行時間が長くなればなるほど、おしなべて乗客の口数は減っていく」と清水さんは書いている。しかしそれは決して寂しさを感じさせるようなものではなく、「しゃべる必要性を感じない『充たされた沈黙』のように感じる」と言う。深夜の船旅は、ひとりひとりが日々の忙しさから離れて自身の内面とじっくり向き合う時間なのである。

「読んでは忘れて」第16回

ちなみに清水さんは東京で平日週5日のお勤めをしていて、その合間に深夜航路の旅をしている。だから例えば、山口県の徳山港から大分県の竹田津港へ向かう午前2時発のフェリーに乗るために、まず東京で仕事を終えるなり18時50分発の新幹線に飛び乗り、徳山駅に23時過ぎに到着。そこから午前2時までは、ただ待つのみ!午前4時に竹田津港に着いたら近くの別の港まで歩いて離島へ向かったりしてその日のうちにまた東京へ帰る、と、かなり慌ただしい行程で動いていたりする。福井県の敦賀港から北海道の苫小牧までフェリーに乗り、そのまま千歳空港へ向かって飛行機で東京へ戻ったりもしている。とにかく深夜航路に魅入られ、それに乗るために全力を尽くしているのである。これはなかなか真似できない(早朝に着くから、たいていものすごく眠そうだったりする)。

しかし、そうした努力の結果が生んだレポートだけあって、自分の知らない世界を垣間見せてもらったような楽しみにあふれている。正直なところ、どの深夜航路も利用者の数がかなり少ない様子が描かれており、このコロナ禍の後にここに書かれた航路が果たしてどれだけ残っているのかと考えると暗い気持ちになる。しかし、この本のページをめくっている間だけは、闇の中をゆっくり進むフェリーの穏やかな時間が心の中に流れていく。

特に印象的だったのは高知県の宿毛港から大分県の佐伯港までの深夜航路のレポートだ。取材時、乗客はなんと清水さんただ一人だったそうで、船員さんに「夜の海に吸い込まれないでよ」と声をかけられたという。暗い海を眺めていて、その言葉が思い返される。海の闇の奥行きの深さに吸い込まれそうになる。その闇の向こうに、「水ノ子島」という無人島に建てられた灯台の明かりが見え、清水さんは翌朝、漁船を予約してその「水ノ子島」へ向かう。船から見えた灯台を実際に間近で見たいと考えたのだ。

日本各地に建てられた灯台の中でも工事の難易度が群を抜いていたという「水ノ子島」の灯台。平らな場所のない険しく小さな島に建っていて、今は完全に自動化されて無人だそうだが、1986年までは「灯台守」が常駐していたという。当時、灯台守は一週間交代制で勤務していたらしいと知り、灯台の他に何もないこの場所で一体どんなことを思って過ごしていたんだろう、と清水さんは思いを馳せる。そして、自分が乗ってきたような深夜航路のフェリーの明かりが、灯台守を務める人にとって何かぬくもりを感じさせるものだったのではないかと想像する。

深夜のフェリーから海の闇へ向けた視線と、何十年も前の灯台守の想像上の視線が交差したかのようなこの部分が私はすごく好きだ。今、自分が行きたい場所に行けずにぼーっと宙を見ているこの視線が、いつか未来の誰かの視線と交わることがあるんじゃないかというような気がして気持ちがざわめくのを感じる。フェリーに乗りたい。あの『充たされた沈黙』を感じたい。

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スズキナオ
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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。

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