玉置標本さんのことは知っている。何回もお会いしたことがあり、会えない時にもたまに私がTwitter等にネガティブなことを書くと「大丈夫ですかー」と、サラッとひと言連絡をくれるような優しい人である。
その玉置さんの本だから、という理由で買った本書だが、私が玉置さんのことをまったく知らなくてもいつかきっと手に取っていた気がする。
『育ちすぎたタケノコでメンマを作ってみた。』というタイトルが語る通り、玉置さんはとにかく実践する人だ。本書冒頭、「はじめに」にこうある。
例えばゴマという身近な食材がある。これが植物の種であることは予想できるけど、ではどんな姿をした植物なのか、どのように実るのかを私はまったくイメージできなかった。その答えを知るために、ゴマの種を買ってきて、土に植えて大きく育て、収穫して食べてみる。
ゴマ、な。ゴマって確かに当たり前に使ってるけど、どうやってあれが収穫されて食卓に届いているか、全然わからない。玉置さんはそれを一からやってみる。近所のホームセンターで「ゴマの種」を買ってみると、ゴマの種はゴマだということに気づく。もうこれを食べてしまえばいいんじゃないかというような。しかし、その種をまく。
うまく育ったはいいものの、収穫した後が大変だ。純然たるゴマと小さなゴミとか混ざってしまい、選別するのが非常に困難なのである。玉置さんは色々試し、扇風機の風に当ててゴミだけを吹き飛ばすという方法にたどりつき、まあそれで完璧にゴミが除去できるわけではないんだが、食べるのは自分だし、と最後は少しあきらめる。こういう過程がいちいち面白い。
そうやってゴマを食べてみると苦労の甲斐もあってとても美味しい。もちろん、スーパーでゴマを買えばその苦労を一挙にショートカットできるわけだが、一からゴールまでたどり着かなければ見えなかった工程がある。
新型コロナウイルスの不安に世界が覆われ、大きく動揺していて、「あれ、自分ってこんなに不安に弱いんだっけ」と驚くほど私も動揺しているのだが、この本を読んでいる時は心が落ち着いた。そしてきっと、この後の時代はこういう風に物事を面白がれる人が引っぱっていくんじゃないかと思った。
今まで当たり前のようにしか思えてなかったものが、いかにありがたく、大切にすべきものだったか。玉置さんのようなやり方で一つ一つ確かめていく。もう一回、世の中のたくさんの物事の価値を確かめ直していく。
玉置さんはベテランライターで、文章がいちいち面白い。過剰なまでのダジャレへの執着。絶対に食べない方がよさそうなものまで食べてみなければ気が済まない性分。ご本人のキャラクターも文章も唯一無二のもので、それを例えば私がマネしたところでニセモノっぽいものにしかならないだろう。
そういうことじゃない。「玉置さんのようなスタイルが流行る!」みたいな小さなことではない。まるでもう一回世界に生まれ直したかのように世の中を見ていくことが、どんな人にとっても大事になってくるような気がするのだ。なんせ、やろうと思えばすぐできることだ(ゴマを育てたり、コンニャクを手作りしするのは「すぐできること」ではないのが本書を読むとわかるけど)、今まで軽薄にスルーしてきてしまっていた価値に気付くこともできるかもしれない。
当たり前のことが遠く感じられるようになってしまった今だから、きっとみんな「今度もし普通に旅行できる日が来たら色々美味しいものを食べて、お土産たくさん買って」とか「仲間と集まってご飯が食べられる日が来たらどんなに楽しいだろう」と、次こそ抱きしめて離さないように、大事にしようと思っていると思う。私がそうである。
その時こそ、今まで考えもせずにいたことの一つ一つの輝くような面白さを、玉置さんのようにじっくりと丁寧にすくい上げるように生きていきたい。そう思う日々だ。
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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。
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