読んでは忘れて

第12回 『SHIMADAS』

『SHIMADAS』前回この連載で書いた『ごろごろ、神戸。』の著者である平民金子さんが、小説家の柴崎友香とのトークイベントでレーモン・ルーセルの『アフリカの印象』という本について話したという。私はそのイベントに行くことができず、その話を直接聞いてはいないのだが、イベント終了後、平民金子さんがその時の話の補足として、その本の巻末の解説の一節をTwitterで引用していた。

その解説は保坂和志が書いていて、こういうものである。

書店で買おうか買うまいか迷っている人に薦めるにはあまりに消極的な言い方に聞こえるかもしれないが、この世界にはすんなり読める本ばかりがあるわけではないという認識は小説を愛する者には特に大事なことだ。そういう本への通路がいつか自分に開かれることがあるのかと思いながら、本棚に置き続けることはそれだけでしっかりと意味がある。『アフリカの印象』と『ロクス・ソルス』は、二十代の頃の自分が仰ぎ見るようにして持っていた文学に対する気持ちの形象化のようにして、本棚から私を見続けていた。

レーモン・ルーセルの『アフリカの印象』という小説は、複雑な幻想を細部に渡って描写しているのがずっと続くみたいな感じで、私にはかなり、何言ってるんだかわからない。そうなのだが、それを本棚に置き続けることには意味がある、と保坂和志は書いている。

この連載でもっと前に書いた『復興の道なかばで 阪神淡路大震災一年の記録』の著者である精神科医の中井久夫がこう言っている。“本棚に並んでいる本の背表紙が毎日ちらっとでも目に入る。すると、その本の中に書いてある内容が(無意識的にでも)脳裏に浮かぶ。それだけで意味がある”と、こっちは引用ではなく、そういうことをどこかに書いていた気がする。

中井久夫は本棚の本の背表紙がその本の中身について語り掛けてき過ぎるため、パッと目に入らぬよう本を逆さにして本棚に収めていたという、本当なのかわからないけど、そういう逸話もあるほどなのだ。一度読んだ本でも、本棚に立てておくとそのタイトルや著者名、背表紙の感じ、などがその中身を想起させてくれるということだ。古本屋に売ってしまうと、もうそんなことはなくなってしまう。

買ったはいいが全然読めていないという本も、昔読んだけどもう読み返すかわからない本も、それがいつでも読める場所に置いてあるだけで意味がある。尊敬する保坂和志と中井久夫がそのようなことを言っているので、私もそれに影響を受け、というか許しを得たような気になって、相変わらず、部屋の本が増え続けている。

「読んでは忘れて」第12回

ごちゃごちゃした部屋の中でも、私がいつも手に取れる場所に置いておき、保坂和志で言う“本棚から私を見続けていた”状態にしておきたいのが『SHIMADAS(シマダス)』という本だ。

『SHIMADAS』は日本離島センターという公益財団法人が制作している日本の離島の事典のようなもので、1993年に初めて作られ、その後、改訂版が現在までに5冊出ている。

その最新版が、つい最近、2019年の11月に出た。その前に改訂版が出たのは2004年のことで、そこから15年も経っている。15年経って、島のデータがすべて新しいものになり、そして今まで掲載されていなかった無人島が600も追加された。1,712ページもあって、『広辞苑』とまではいかないけど、『会社四季報』ぐらいの分厚さがある。

その厚みのある背表紙が本棚から私を見ている、そして手に取った時の重さが「お前の知らない島が日本にさえこんなにあるのに、お前は一体何を知った気でいるのか」と戒め続ける。

っていうと嫌な怖いヤツみたいだが、実際にそのずっしりした本を開いてみるとこれが本当に楽しい。

はい、今、適当にページを開いた。

長崎県西海市に属する「松島(まつしま)」について書かれたページだった。最初に島の概要がこう紹介されている。

西彼杵(にしそのき)半島のほぼ中央部の西側にある島。肥前大村藩領の48か村の一つで、昭和30年までは1つの村だった。松島と呼ばれるわけは、昔は島中が松林におおわれ、人家を見なかったためであるという。江戸時代には長崎に出入りする異国船警戒のための番所が置かれ、西泊を基地とする捕鯨で栄えたこともある。天明元年(1781)に初めて石炭が掘り出され、以後石炭の島として知られるようになった。鯨や石炭の買い付けのために全国から商人が集まり、賑わっていたという。幕末には釜浦にある屋敷で倒幕派の会合が開かれたという。松島炭鉱(株)が経営にあたった大正初期~昭和初期が最盛期で、大正末には人口13,000人を数えたものの、昭和9年の大水没事故で閉山となった。小規模な採掘は続けられたが、昭和38年に終掘している。その後、昭和48年秋のオイルショックによるエネルギー資源化政策で、昭和56年から運転が開始された国内初の100万kw石炭専焼火力発電所により、エネルギーアイランドとして生まれ変わった。令和元年から風車3基が稼働し、風力発電が行われている。

これに始まり、島の地図も含め、4ページに渡って「松島」についての情報が記されている。

人口は534人。その43%を老人が占める。就業者の中には火力発電所に勤めている人も多いようだ。その火力発電所で作られる電力は長崎県の全世帯の電力需要をほぼまかなうことができる大きさだという。

特産物はイセエビ、アワビ、サザエ、鉄火みそなど。郷土料理に松島豆腐やエソのすり身などがある。島に現在のところ宿は無く、商店、焼き鳥屋はあるという。島の南部にベンチ1つとシュロの木が1本だけ生えた「日本一小さい公園」があり、そこからの夕日が美しい。

「みぞか(愛らしいの意)」、「もうたのまい(こんばんはの意)」などの方言がある。デビュー前、電源開発の関連会社に勤めていた歌手の福山雅治がこの島の火力発電所に点検に訪れており、代表曲である「桜坂」のモデルは、この島にある同名の坂だという説もある。現在、島に教育機関はなく、生徒たちは市営船で本土の学校に通っている。

と、このほかにも色々なことが細かく書いてある。こうやって抜粋していると、本当にそんな島があるんだろうかとだんだん不思議な気持ちになってくる。いきなり福山雅治まで出てきて驚いた。

しかし、当たり前だが、本当に松島はあり、「日本一小さい公園」で画像検索すると、その公園がどれだけ小さいかわかってもらえるだろう。「桜坂」があるのも、熱心な福山ファンの方がそこを訪ねているのも本当で、これも当たり前だが、今こうしている瞬間にも松島で生活している人がいる。

私がページを閉じると、松島のことはしばらくして忘れてしまうかもしれないし、もしかしたらいつか行くことになるかもしれない。しかしどちらにしても、この本を開くたびに、今まで知らなかった場所のことが自分の頭に思い浮かぶのは間違いなくて、そのような本がいつ見ても、何度見ても本棚にずっとあるのが嬉しい。

※スズキさんが『SHIMADAS』を刊行した日本離島センターを取材した記事も公開されています。ぜひこちらもご一読ください。
いくらでも時間が潰せる離島の事典「シマダス」の最新版が15年ぶりに出た :: デイリーポータルZ

『SHIMADAS』通販ページ
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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。

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