私は大阪の千鳥橋にある「シカク」というミニコミ専門書店のスタッフとしてたまに店番をするのだが、ちょっと前にお店に行った時に『マッチと街』という本が陳列棚に並んでいるのを見た。装丁がすごくシャレていて、ページを開くとフルカラーで古いマッチ箱のデザインがこれでもかと現れる。レイアウトも凝っていてボリュームもあって、「ミニコミ」という言葉から思い浮かぶイメージを超えてしっかりと“本”である。
でもこの本はれっきとした自費出版本であり、ISBNコードもついていない。取り扱っている店舗も高知県内のいくつかの書店と、「シカク」みたいにインディペンデントな出版物を扱う書店に限られているみたいだ。まあ、大手出版社の本でも一人で作った本でも、面白いものは面白いんだから、そんな区別は読み手としては関係ないんだけど、でも、こんな本を自費出版で作るその熱意は並々ならぬものであろうと想像できる。実際、すごくお金もかかってるんじゃないかと思う。
そもそも私はマッチラベルが好きで、まずその前に切手が好きである。目白にある「切手の博物館」という施設の片隅に、切手ショップが何軒か入っている一角があって、そこにいくと古切手を色々売っているのだが、私が興味があるのはレアなやつ、プレミアついているやつ、とかではなく、1枚10円の使用済み切手だ。もちろんそういうものはお店としても大した儲けになるものじゃないから、プラスチックのケースに雑にドサッと入れてあり、それをスッスと、レコード棚からレコードを持ちあげてみていくように次々に見て、気に入ったのは別によけて、会計してもだいたいまあ150円ぐらい。
ある時ふとわかったのだが、切手って、世界中どこのものでも、その国の“宝物”が図案になっている。綺麗な花、壮大な風景、変わったキノコ、みんなが誇りに思う偉い人。色々な国の切手を高速で見ていくと、なるほどここに人間たちが大事にしてきたものが詰まっているぞ、と思って全部愛おしく思えてくる。
ただ、切手って大抵は国が関わってくるものだから、宝物を図案として認定するそのフィルターがすごくシビアで、最近の日本では「えっ、あれも切手に!?」みたいな割と新しいアニメとかが図案になったりしてるけど、古いものだと、本当によっぽどの宝物、「りんご」とか「こけし」とかそういう感じで、マスターピースというか、揺るぎないものが選ばれている。
その点、マッチは個人規模、店単位で作っているものばかりだから、フィルターがゆるゆるである。「よくこれでいこうと思ったな」みたいな珍デザインもあったりする。でも、そうはいっても、マッチを作った人が「これいいね!」「これにしよう!」って思いを乗っけて作ったことは間違いなくて(いや、すごく適当に作られたものももちろんあるだろう)、その分、切手よりも息づかいを感じる。作り手がすぐそこにぼんやり見えてきそうな。気配を感じる。
この『マッチと街』という本は、高知県の中心街にかつて存在した店のマッチばかりを集めたもの。1950年から1990年にかけて作られたマッチが収録されている。それぞれのマッチは帯屋町、京町、みたいにエリアごとに分類されている。私は高知に一度しか行ったことがなく、当然地理も疎いけど、並んだマッチからなんとなくそのエリアの雰囲気が伝わってくるような気がする。
この、エリアごとに分類するというスタイルから、この本はかつての町並みをこのようなやり方で蘇らせようとしているんじゃないかと感じる。もちろんマッチのラベルを見たって、当時の街並みが脳裏にはっきり浮かぶわけはないが、でも、そこにこんな雰囲気の店があって、このマッチのデザインをちょっと喜ぶようなお客さんがいたりした、ということをぼんやりとでも想像することができる。
前書きを読むと「本書で紹介しているマッチの大部分は(中略)2009年10月1日から12日までの期間に開催した『高知遺産 マッチと街』で展示されたものです」とある。その当時から本にしようという話があったが、それから10年近い月日がたってようやく完成したものらしい。
で、その展示について検索してみたところ、さらにそれより前、2005年に今回の『マッチと街』の制作者とほぼ同じ布陣で『高知遺産』という本が作られていたことがわかった。その本もよさそうなので探してみたが、すでに絶版となっており、「うおー読みたい」と諦めきれない私はそれから頻繁にネットオークションとか古本サイトとかを巡回し、先日ようやく手に入れることができた。この『高知遺産』がまた魅力的な本だ。“遺産”とタイトルにある通り、高知にある素晴らしいあれこれ250点を写真で紹介していて、『マッチと街』同様、ほとんどカラーで分厚い。
ページをめくると例えば「土佐のゴールデン街 本町」の路地裏の写真があり、「鏡川湖畔のラブホ街」の写真があり、味わい深い古看板が紹介されていたりする。この本の前書きには「高知の町がどんどん変わりつつあること」、「守り伝えるべき高知の『記憶』を『高知遺産』として記録して一冊の本にすることにしたこと」などが書かれていて、文章の中に何回か「愛着」という言葉が出てくる。「こうした場所が多ければ多いほど街への『愛着』を暮らす人が感じることができるのではないか」といった感じだ。
それからずっと「愛着」ということについて考えている。
私はたまに梅田の「グランフロント」という駅からすぐのショッピング施設に行く。「GAP」や「無印良品」が入っていて、そこで買い物をする。でっかいビルで綺麗で、トイレなんかももちろんピカピカ。よく腹を壊す自分にとっては安心だ。快適に買い物ができる場所なのだが、私はグランフロントに愛着を感じることはないだろうと思う。今月末であの建物がなくなって今度から別の施設になるとしても「へー。GAP行きたい時どうすればいいんだろ」と思うだけだろう。
と書いていると、「何、あなた、要するに古いものが好きなんでしょ?」と自分の中の自分が言い始める。以前、職場の同僚に「鈴木さんが好きそうなきったない店みつけましたよ!」と言われたことがある。いや、そういうわけでは……。
前に曽我部恵一がトークイベントで、町が変わっていくことについて、これはうろ覚えなので正確じゃない気がするが、「好きな場所がなくなってしまうのは寂しいけど、新しくできたケータイショップで生まれる恋もあると思う。だから自分はいつまでも歌を作っていける」というようなことを言っていた。グランフロントで働いている人は、あの場所に愛着を感じているだろうし、っていうか、今私が結構好きな「大阪駅前ビル」だって、できた頃は愛着ゼロ地帯だったろう。というか、みんなの愛着を奪ってできたような場所だったはず。
要するに何? 愛着って、時間が経ったらどんな場所にもホコリのように勝手に降り積もっていくものなのか? どんどんわからなくなっていく。
つい先日、神戸に住む尊敬する物書きである平民金子さんという方の「平民金子展『ごろごろ、神戸。』もうひとつの世界」という展示を見にいってきた。須磨の先の海辺の町、塩屋という場所にある喫茶店の2階が展示会場で、階段を上っていくと、平民金子さんが撮影してきたモノクロの神戸の風景写真が壁に重なりあうようにワサーッと貼られまくっていて、定食屋で食ったメシから、古い店の軒先、どっか高いところからの景色、日差しを受ける子どもの後姿などなど、写真1枚1枚というより時間の塊りみたいになってそこにある。
雑多なものたちがその雑多さを大事にして展示されていて、それを見ていたら、武田百合子の『日日雑記』という大好きな本の大好きなくだり、正月の上野・アメ横に娘と買い物にでかけたついでに立ち寄った食堂の食品サンプルを眺めていた時のことを書いた文章を思い出した。
「あの世って淋しいところなんだろうな。あの世にはこういう賑やかさはないだろうな。こういうものがごたごたとあるところで、もうしばらくは生きていたい! という気持が、お湯のようにこみ上げてきた。」
私はやっぱり、雑でラフで優しく、寂しげでもあり、したたかであるようなものにばかり愛着を持ってしまう。これからそんなものは過去のものとしてグングン追いやられていくのかもしれないけど、同じような眼差しで町を見ている人がいると思うたび、まだしばらく大丈夫だと思って生きていられる。
「マッチと街」ネット書店
(絶版の『高知遺産』もデジタル版が販売されています)
(X/tumblr)
1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(共にスタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。
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