京阪神のごはんやさんで「いりこのやまくに」に出会う 第3回

第3回 大阪空堀の文学な建物でいりこに浸る

京阪神のごはんやさんで「いりこのやまくに」に出会う 第3回

阪神梅田本店1階の催事場・食祭テラスで2025年4月9日(水)から4月14日(月)にかけて開催される「“いりこのおっちゃん”と仲間たちの食と道具のマーケット」との連動企画として、香川県観音寺市にあるいりこ専門店「やまくに」のいりこに魅入られた大阪・京都の飲食店を訪ねてみることにした。

ちなみに「いりこ」は主に西日本で使われる呼び名で、東日本で「煮干し」と呼ばれるものと同じ。「やまくに」では、観音寺市の中心地から西に約10㎞ほどの沖合にある伊吹島の周辺で獲れたカタクチイワシを原料に、水揚げから加工までを短時間に行うことで鮮度の高さを維持したまま、旨味を凝縮しているという。

昆布出汁が中心の関西の食文化の中でいりこを使い、しかもその中でも「やまくに」のいりこを選んでいるというお店に、その理由を聞いてみる。そしてそこで実際に食事をさせてもらい、「やまくに」のいりこを身近に感じてみようというのが今回の企画の主旨である。お話を伺った結果、「やまくに」のいりこの特色を知ることができたのはもちろん、生産者と飲食店との幸福なつながり方についても考えさせられることになった。


シリーズの第3回目として、大阪市中央区・谷町六丁目にある「橋の湯食堂」にやってきた。老舗と新店がバランスよく混ざり合う「空堀商店街」を中心に多くの飲食店が集まっている“谷六”にあって、素材にこだわった体に優しい和定食やおばんざいを提供する食堂として人気のお店である。オープンは2017年。店主・橋本圭介さんは大阪の複数の飲食店で腕を磨いた後、「D&DEPARTMENT PROJECT」に関わることになったそう。デザイナーのナガオカケンメイ氏によって2000年に創設された活動体「D&DEPARTMENT」は、「ロングライフデザイン」をテーマに、日本の各地域の文化や歴史を掘り下げ、それを様々な形で全国に発信している。

その「D&DEPARTMENT」が、日本各地の郷土料理を手軽に味わえる食堂「d47食堂」を東京・渋谷の複合商業施設「ヒカリエ」にオープンしたのが2012年のことだったのだが、橋本さんはそこで立ち上げメンバーとして働いていたとのこと。その後、独立して自分のお店を持ちたいと考え、再び大阪へ戻って来られたのだとか。

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「橋の湯食堂」店主の橋本圭介さん

「一人でもやれるような規模のお店を」と物件を探し、中崎町や中津、上本町といったエリアをめぐった末、たまたま見つかったのが現在の店舗だったという。ちなみに「橋の湯食堂」があるのは「萌(ほう)」という複合施設の1階で、2階には作家・直木三十五の記念館もある。直木賞にその名が冠される直木三十五はこの近くで生まれ育ち、建物の隣にかつてあった小学校に通っていたのだとか。

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直木三十五記念館には直木ゆかりの品々が展示され、その波乱に満ちた人生を知ることができた

「萌」は、1960年に建てられた機械工場兼住宅を改装して作られた施設で、昔ながらの木造建築の風合いがそこかしこに残っている。そんな建物に、「橋の湯食堂」はしっくりと溶け込んでいるように思える。

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「橋の湯食堂」の料理には、昆布とかつお節、そしていりこを合わせてとった出汁が使われているという。橋本さんによれば、もともとは昆布とかつお節だけで出汁をとっていたのだが、高価な昆布を使っていたため、リーズナブルな価格で定食を提供し続けていくのはかなり大変だった。そこで空堀商店街にある老舗「こんぶ土居(創業120年以上の市老舗で、「橋の湯食堂」で使う昆布はここから仕入れている)」に相談したところ、「いりこを使ってみては?」と提案してもらったのだという。

――いりこを使うとコストが抑えられるんですか?

「いりこで出汁の味を補うことで、全体のコストを抑えられるんです。ただ、それで出汁の質を落とさないためには、いりこの品質が重要で、臭みがないものでないとだめなんです。『やまくに』のいりこは臭みがないので」

――なるほど、そこが大事なんですね。

「最初は別のいりこを使っていたんですけど、一度『やまくに』のいりこを使ってみたらすごくよくて、それからはずっとですね。一度、おっちゃん(「やまくに」の中心人物・山下公一さんの愛称)のところに行ったこともあるんですよ」

――おお。香川県まで見学に行かれたんですか?

「伊吹島の漁も見せてもらいたかったんですけど、その時は天候が悪くて、残念ながら漁はやっていなかったんです。ただ、加工の現場は見せてもらって、おっちゃんとも話せて、面白いおっちゃんやなと(笑)。『やまくに』のいりこがいいというのはもともと聞いてはいたんですけど、実際に会って話せたのもきっかけとして大きかったですね」

――他のいりことはやはり違うものなんですか?

「やっぱり美味しいですね。旨味が増すというか、濃くなるというか。処理を丁寧にしてくれているので、使う時が楽なんですよ。こっちでは何もする必要がなくて、そのまま水につけて使えるのがありがたいんです」

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――その出汁はお店のお料理全般に使われているんですか?

「そうです。うちの出汁の基本は昆布とかつおといりこなんです。出汁をとった後の“出汁がら”はふりかけにしていて、完全に使い切ってますね」

――いりこの美味しさを思いっきり感じられる料理があればいただきたいです!

「たまに出しているメニューなんですけど、『やまくにいりこの南蛮漬け』と『やまくにいりこと昆布のみぞれ和え』ですね。出汁の感じがはっきり出るおひたしやお味噌汁もおすすめです」

――ありがとうございます。それをいただきたいです。

まずは、出汁がらを使った「やまくにいりこの南蛮漬け」と「やまくにいりこと昆布のみぞれ和え」をいただくことに。出汁がらとはいえ、いりこには複雑な旨味がしっかりと残っていて、歯ごたえもいい。ほろ苦さもあって、お酒のおつまみにもぴったりな味わいだ。

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「やまくにいりこの南蛮漬け」

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「やまくにいりこと昆布のみぞれ和え」

橋本さんいわく「出汁がらには栄養もたっぷり詰まっているんですよ」とのこと。食べれば食べるほど元気になるおつまみ。最高である。

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こんな風に、出汁がらをそのまま食材として扱うこともあるが、出汁をとった昆布とかつお節といりこを使い、水気を切って冷凍して細かく砕いた後、醤油とみりんと一緒に煮てふりかけを作り、お昼の定食にも添えているという。臭みがまったくないこともあり、子どもにも大人気の味らしい。ご飯に乗せて味見させていただいたのだが、このふりかけをそのまま商品化して欲しいほど、香ばしくてご飯が進む味わいだった。

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出汁のきいた「菜の花のおひたし」も美味しかったし、何より、締めにといただいたお味噌汁が絶品だった。国産の材料だけで作られた秋田の「天狗味噌」と出汁を合わせたお味噌汁には、いりこの風味がしっかりと感じられた。

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「橋の湯食堂」の「湯」は、もともとこの近くに銭湯があったことにちなんだものだそう。店内には銭湯ののれんが飾ってあり、壁のペンキ絵も銭湯気分を高めてくれる。

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優しい味付けの料理も相まって、心が温まるような、落ち着いた空間になっている

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いりことは関係ないけど、お刺身の盛り合わせも美味しかった!

最後に、橋本さんに「いりこのおっちゃんへ、何か伝言はありますか?」と聞いた。「いつもありがとうございます、ですかね(笑)。ずっと使わせていただきたいので、お体に気をつけて、これからもよろしくお願いします」とのことだった。

年齢的に、肉や揚げ物はほどほどでよくて、最近すっかり美味しい惣菜をつまみながらお酒を飲むのが好きになってきた私。やまくにのいりこが縁で、そんな自分にぴったりの店を知ることができた。いりこの出汁がいかされた料理を味わいながら、またゆっくり飲みたいと思う。


「橋の湯食堂」(Instagram
住所:大阪府大阪市中央区谷町6-5-26 萌1F
営業時間:11時半〜14時半/18時〜22時
定休日:毎週水曜日、第2火曜日、第4日曜日

スズキナオ
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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』『家から5分の旅館に泊まる』(スタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)、『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)、『大阪環状線 降りて歩いて飲んでみる』(インセクツ)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。

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