京阪神のごはんやさんで「いりこのやまくに」に出会う 第2回

第2回 京都のお寺でありがたい定食に出会いいりこを買う

京阪神のごはんやさんで「いりこのやまくに」に出会う 第2回

阪神梅田本店1階の催事場・食祭テラスで2025年4月9日(水)から4月14日(月)にかけて開催される「“いりこのおっちゃん”と仲間たちの食と道具のマーケット」との連動企画として、香川県観音寺市にあるいりこ専門店「やまくに」のいりこに魅入られた大阪・京都の飲食店を訪ねてみることにした。

ちなみに「いりこ」は主に西日本で使われる呼び名で、東日本で「煮干し」と呼ばれるものと同じ。「やまくに」では、観音寺市の中心地から西に約10㎞ほどの沖合にある伊吹島の周辺で獲れたカタクチイワシを原料に、水揚げから加工までを短時間に行うことで鮮度の高さを維持したまま、旨味を凝縮しているという。

昆布出汁が中心の関西の食文化の中でいりこを使い、しかもその中でも「やまくに」のいりこを選んでいるというお店に、その理由を聞いてみる。そしてそこで実際に食事をさせてもらい、「やまくに」のいりこを身近に感じてみようというのが今回の企画の主旨である。お話を伺った結果、「やまくに」のいりこの特色を知ることができたのはもちろん、生産者と飲食店との幸福なつながり方についても考えさせられることになった。


シリーズの第2回目は、京都市下京区にある「d食堂 京都」にやってきた。「d食堂 京都」は、「本山佛光寺」の境内に店舗を構える飲食店で、デザイナーのナガオカケンメイ氏によって2000年に創設された活動体「D&DEPARTMENT」が運営母体となっている。境内にはギャラリー兼セレクトショップ「D&DEPARTMENT KYOTO」も併設されており、「d食堂 京都」、「D&DEPARTMENT KYOTO」の両方で「やまくに」のいりこが扱われているとのこと。「やまくに」のいりこについて、また、親鸞聖人が1212年に山科に創建した寺院が起源だという古刹で、なぜお店を経営することになったのか、その経緯についても伺った。

お話を聞かせてくれたのは「d食堂 京都」の店長・内田幸映さん。内田さんはまったく別の業界でお仕事をしていたが、飲食業界未経験の状態で東京・渋谷の「d47食堂」にスタッフとして関わることになったそう。その後、東京・世田谷にかつてあった「dたべる研究所」のスタッフ経験を経て、3年前から「d食堂 京都」の店長を務めていらっしゃるという。

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「d食堂 京都」の店長・内田幸映さん

――よろしくお願いします。今日、こちらには初めて来たのですが、本当にお寺の境内にあるんですね。

「本山佛光寺さんの境内に店舗ができてから10年になるんですけど、ここは昔は“お茶処”として使われていて、お寺にいらした方たちがお茶を飲んでゆっくりしていく場になっていたそうです。現在『D&DEPARTMENT KYOTO』が入っている建物は宿坊だったそうで、そういった建物を、地域の方たちがここに集う交流拠点になるように活用したいと本山佛光寺の若いお坊さんたちが考えて、うちに声をかけて下さったんです」

――そういうことだったんですね。

「『D&DEPARTMENT』のファンだというお坊さんがいらして。また、当時、代表のナガオカが京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)の講師をしていて、京都との縁もあったんです。それで最初は造形大の学生さんたちと一緒にやる形で始まって、大学との提携期間が終わってからは『D&DEPARTMENT』が運営しています」

――内田さんはいつからここで働かれているんですか?

「3年前からです。東京の九品仏にあった『dたべる研究所』で働いていたんですけど、コロナの打撃もあってそこは閉じることになって、ここに転勤してきた形です。3年前だと、コロナの影響がまだまだ大きくて、旅行者もほぼほぼいない状態で、この界隈も飲食店はほとんどやってなかったので。常連さんがたまに来てくださるぐらいでしたね」

――大変な時期だったんですね。この場所に移ってきて、どうでしたか?

「東京のヒカリエの『d47食堂』で仕事をしていた時期もあったんですが、あの環境とはずいぶん違いますよね。お寺の中で働けるというのは新鮮でした。この境内は、春はしだれ桜が満開になって、夏は目の前の百日紅に赤い花がついて、秋は大きい銀杏の木がインスタ映えするっていうのでたくさんの方が写真を撮りに来て、冬景色もまたよくて、ものすごく京都の四季を感じさせてもらえるのでありがたいなと思ってます」

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――お寺の境内なので営業時間もちょっと変わっていますね。

「朝は11時からで、夕方18時には閉めています。もっと早くから営業して欲しいっていう声もあったんですけど、ここでは毎朝の読経と法話があって、その後、境内ではラジオ体操が始まるんです(笑)。そういう風に色々な方に使われている場所なので、余裕を持って営業したいなと」

――お客さんはどういう方が多いですか?

「渋谷『d47食堂』がお好きだというお客さんが、京都に来たついでに寄ってくださることも多いですし、雑誌なんかでも取り上げていただいて、それを見て来てくださる方と、海外の方も多いですね。近隣にお住いのご常連さんもいらっしゃいます。ただ、最近、原材料費が上がってきてしまって、どうしても毎日のように気軽に食べていただける額ではなくなってきてしまって、そこは心苦しいんですが……その分、素材にはこだわって、それでも来ていただけるようにと思ってやっていますね」

――なるほど。そうやって素材にこだわる中で「やまくに」のいりこを使っているということでしょうか。

「そうですね。普段から常に使っているわけではないんですけど、東京の方ではいりこのおうどんとかおでんを期間限定メニューとして出したり、こちらでもお正月のおせちの田作りに使ったり、あとは、『D&DEPARTMENT KYOTO』の方では『やまくに』の商品を常時販売しています。年に一度ポップアップも開催して、その時期はいつもより扱う商品を増やしていて、今年も1月から3月までやっています」

――どういう経緯で「やまくに」のいりこに出会ったんですか?

「いつからだろう……。もとは『d47食堂』での関わりからだと思うんですけど、『d design travel(D&DEPARTMENTが発行している47都道府県それぞれの文化や地域性を発信するムック)』の香川県の号でも『やまくに』を取材させてもらっているんです。その号が2019年に出たので、それよりもっと前からだと思います。ここにおっちゃんも載っています」

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“いりこのおっちゃん”こと「やまくに」の山下公一氏

「この香川号を作る時は、スタッフで香川に行って、一週間ぐらいずっと香川県のものを食べるんですよ。一日三食うどんとか。そういう期間におっちゃんに香川県を案内していただいていて、いりこを使ったお出汁をひいてるお店に案内してもらったりとか。でもその本作りの前から、『D&DEPARTMENT』では、おっちゃんに協力していただいていりこのお出汁のとり方を教わったり、2019年にはもうすでに縁があった状態でしたね」

――ただ食材として使うというだけじゃなく、関わりが深かったんですね。

「やっぱりおっちゃんがグイグイ来るタイプなので(笑)。私たちも巻き込まれていった気がする。そんなこと言うと怒られそうですけどね(笑)。でも本当におっちゃんがうちのスタッフを育ててくれたところがあって、対面で商品を販売するやり方を見せてくださったり、商品の並べ方でも、こうした方が商品が輝くみたいなのを、それとなく伝えてくれるんですよ。先生です」

――「やまくに」のいりこはどんな点がいいんでしょうか。

「いりこの鮮度とか、濁らない出汁の出方とか、えぐみのなさとか、丸ごと使ってもまったく臭くないとか。使い比べるとわかるんです。『やまくに』のいりこを使ったら他のいりこで出汁はひけないですね。いりこって普通は頭とはらわたを取るじゃないですか、あれをしなくてもいいんです。私はお味噌汁にいりこを入れて、昆布と一緒に出汁をひいてそのまま食べちゃうんですけど、そうやって食べられるっていうのはすごいですね」

――丸ごと使えるというのは、最初の処理とか加工の仕方に手間をかけているからなんでしょうか?

「香川に行って、工場の作業を見せてもらったことがあるんですけど、それを見ていると『やまくに』のいりこの質がいいのは目利きの力なんだなと思ったんです。どれをはじくかはじかないかだなって。新鮮ないりこが、うろこがとれないきれいな状態で一袋に詰められていく工程を見ると、目の厳しさと、プロフェッショナルさに感動して」

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――現場を見るとその違いがさらにわかるわけですね。

「そうですね。2015年頃に行ったのかな。あの海を見ると、いりこが穏やかに育っているんだろうなというのも感じるんですよね。荒波の中で骨太に育つんじゃなくて、柔らかくて優しいいりこに育つんだろうなって」

――今後、この「d食堂 京都」で「やまくに」のいりこを使ったメニューが提供される予定はありますか?

「まだ未定なんですけど、先日、『やまくに』のポップアップのイベントとして、『いりこラーメン』を販売したんです。すごく寒い日だったんで、あっという間に完売して(笑)。関西ではいりこを使う人が少ないので、みんなに食べて知ってもらえるものとして、ラーメンはすごくいいなと思ったんです。なので、時期がきたら『いりこラーメン』をメニューに入れてみたいなとは思ってます」

――それは楽しみです。最後におっちゃんに何か伝言はありますか?

「どうしよう。お誕生日おめでとうはこの前に言ったし(笑)。これからもみんなを巻き込んで、元気づけて欲しいです」

――ありがとうございました!

その後、境内のギャラリー兼セレクトショップ「D&DEPARTMENT KYOTO」で展開されている「やまくに」のポップアップコーナーを見に行った。

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「D&DEPARTMENT KYOTO」

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スタッフの方が丁寧に「やまくに」のいりこの特色を説明してくださった。極上のお出汁がとれる定番の「大羽いりこ」と、そのままポリポリと食べられる「おつまみいりこ」を購入させてもらうことに。

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最後に「d食堂 京都」で食事をさせていただいた。「やまくに」のいりこを使用したメニューはない時期だったが、150年以上の歴史を持つ京都の生麩専門店「麩嘉(ふうか)」のお麩をふんだんに使った「京都 麩嘉定食」が数量限定で提供されていたので、それをいただくことに。

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「栗生麩の揚げ出し」は奥深い風味と食感が絶品だったし、「利休麩のかやくご飯」の滋味深さには心が温まる気がした。おすましのお出汁は「麩嘉」の地下水でとったものだそうで、そんなところにもこだわりが貫かれていた。また、デザートの「麩まんじゅう」がとても美味しくて、おかわりしたいほどだった。

何より、お寺の境内の、歴史を感じる建物の中でゆっくり食事をするということからして、普段の生活から離れた特別な感じがあった。

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ちなみに、食堂で使用されている椅子は山形の家具ブランド「天童木工」の「低座イス」という椅子で、「D&DEPARTMENT」一押しのものなのだとか。私も同行の編集担当・Y氏も「この椅子最高! 買おうかな」と思わず公式サイトをスマホで開いたほどだったので、その座り心地を体験するのにも、もちろん美味しい料理を堪能するためにも「d食堂 京都」を訪ねてみて欲しい。


「d食堂 京都」(HPInstagram
住所:京都府京都市下京区高倉通仏光寺下ル新開町397 本山佛光寺内
営業時間:11時~18時
定休日:水曜日

スズキナオ
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1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』『家から5分の旅館に泊まる』(スタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)、『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)、『大阪環状線 降りて歩いて飲んでみる』(インセクツ)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。

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