阪神梅田本店1階の催事場・食祭テラスで2025年4月9日(水)から4月14日(月)にかけて開催される「“いりこのおっちゃん”と仲間たちの食と道具のマーケット」との連動企画として、香川県観音寺市にあるいりこ専門店「やまくに」のいりこに魅入られた大阪・京都の飲食店を訪ねてみることにした。
ちなみに「いりこ」は主に西日本で使われる呼び名で、東日本で「煮干し」と呼ばれるものと同じ。「やまくに」では、観音寺市の中心地から西に約10㎞ほどの沖合にある伊吹島の周辺で獲れたカタクチイワシを原料に、水揚げから加工までを短時間に行うことで鮮度の高さを維持したまま、旨味を凝縮しているという。
昆布出汁が中心の関西の食文化の中でいりこを使い、しかもその中でも「やまくに」のいりこを選んでいるというお店に、その理由を聞いてみる。そしてそこで実際に食事をさせてもらい、「やまくに」のいりこを身近に感じてみようというのが今回の企画の主旨である。お話を伺った結果、「やまくに」のいりこの特色を知ることができたのはもちろん、生産者と飲食店との幸福なつながり方についても考えさせられることになった。
シリーズの第1回目として、大阪市北区・中津にある中華粥専門店「ライスミールスフォータン」にやってきた。梅田からもほど近い距離でありながら、昔ながらの街並みがあちこちに残る中津エリア。近年では、あえて梅田の喧騒を避け、独自のスタイルで営業しようという気鋭の飲食店が多数出店し、注目の集まるエリアとなっている。
その中津エリアの中でも独特の雰囲気が残る「中津商店街」沿いに「ライスミールスフォータン」はある。私事で恐縮だが、私は10年前に大阪に越してきた当初、かつてこの商店街沿いにあった書店でアルバイトをしていたことがあり、思い入れのある通りなのだ。

「ライスミールスフォータン」のある中津商店街
10年前はシャッターを下ろした商店が目立つ一角だったが、近年では、その頃からすると信じられないほどに飲食店が増えた。「ライスミールスフォータン」はそんな中津商店街の今の流れをけん引する人気店の一つだ。
今回、お話を聞かせてくれたのは、この店の店長で、「料理開拓人」という肩書きを持つ堀田裕介さん。デザイン事務所「graf」に務めた後、滋賀県長浜の農園「みたて農園」に関わるようになり、そこで作られる『みずかがみ』というお米の美味しさを広く伝えたいと思ったのが「ライスミールスフォータン」を始めるきっかけだったという。
大阪府豊中市・服部天神で曜日限定の店舗としてオープンし。2022年に今の中津商店街に店舗を移した。その経緯や、お粥の味の決め手になっているという「やまくに」のいりことの出会いについてお話を伺った。

「ライスミールスフォータン」の料理開拓人・堀田裕介さん(&奥さんの茜さん)
――今日はよろしくお願いします。そもそも堀田さんがお粥の専門店をやろうと思ったのはなぜだったんですか?
「僕は滋賀・長浜の『みたて農園』での米作りや卸に関わっているんですけど、そこで作ったお米の直営店をやりたいなと思っていたんです。最初はカレーとか、色々試してみたんです。フェスに出店するのに適したメニューはないかなと考えて、フードロスが出ないようにするにはどうしたらいいかとか、あんまり他にライバルがいないような業態ってなんやろうとか。それでお粥がいいんちゃうかなって思い出して……ちょうどそんなことを考えていた頃、仕事で香港にめっちゃ行ってたんですよ」
――そうなんですね。
「2015年から『foodscape! Bakery』というパン屋さんで米粉のパンを作ったりしてたんですけど、そのお店を香港から見にきてくれた人がいて、『香港で飲食店をやるからプロデュースしてくれないか』という話があったんです。それで一時期、香港に頻繫に行っていて、向こうのお粥屋さんによく連れて行ってもらったんです。向こうってお粥文化が日常に当たり前にあって、日本のお粥と違うし、出汁がめちゃくちゃきいてて、『これ、いいな』って。で、向こうのお粥ってかなり生臭いんですよ」
「出汁をとるのに乾物の魚を使うんですけど、そこに臭みがあるんですよ。その生臭さを消すために白コショウをめちゃくちゃ入れるんです。それが向こうの人には当たり前で、豚骨ラーメンじゃないですけど、それが美味しいっていう。でもこれを日本にそのまま持ってきても受けないなと思って、日本でやるには、日本の出汁を使わなあかんってなって、色々探したんですよ。それで“いりこのおっちゃん”(「やまくに」の山下公一氏の愛称)のことを知ったんです」
――なるほど。美味しいお米を使った料理をやりたいというのが前提で、香港でのお粥体験があって、そこから日本の出汁に行き着いたわけですね。
「そうですね。出汁も色々研究して、ホタテの貝柱を乾燥させたものと、干し海老と、いりこという組み合わせになったんです。海産物は全部国産で、そこにナツメを加えて出汁をとっています。中でもいりこが決め手で、おっちゃんと出会ってなかったらこのお粥屋の業態はそもそもできあがってなかったというか」
――大事な要素だったんですね。
「そうです。香港では、向こうにしかいないような魚を出汁に使ったりするんで、それに代わる何かがないかなと。日常的に手に入らないといけないし、高過ぎてもメニュー化できないんです。それでいりこが一番いいんじゃないかなと。昆布とかかつおの出汁だと和風になり過ぎて、香港で食べられているような広東風のお粥の味付けに近づかないんですよ。そこにおっちゃんのいりこがめちゃくちゃハマった感じです。おっちゃんとは2015年ぐらいに出会ったんかな。もう10年は経ってますね」
――いりこと言っても他にも色々あるとは思うんですが、「やまくに」のいりこを選んだのはどうしてなんでしょうか。
「やっぱり、おっちゃんのキャラですよね(笑)。いりこを使ってみようってなった時に、おっちゃんしか思い浮かばなかったというか。あのキャラ、すごいじゃないですか。もちろんいりこ自体も質がよくて、頭も内臓もとる必要がないから、そのまま入れられますし。普段、味噌汁を作るのにも使います。麦みその味噌汁が好きなんですけど、麦みそにはいりこだしが合うんです」
――ちなみに、「ライスミールスフォータン」のお粥はトッピングが色々選べるとのことですが、おすすめはありますか?
「僕らが推してるのは塩鯖です。うちで使っているのは茨城県の『越田商店』さんの塩鯖なんです。“文化干し”っていう、塩水だけで熟成させる昔からの干物の作り方でやっていて、旨味がすごいんですよ。僕らがお粥を最初に作り出した頃はトッピングはその塩鯖だけで、『越田商店』の塩鯖があってこそという感じでした」
――その塩鯖との出会いもお粥をやる上で大きかったんですね。
「そうですね。すごく美味しいんです」
――中津商店街にお店を出したのはなぜだったんですか?
「中津は面白い個人店が多くてアジア系の料理を出す店が多いっていう印象だったんです。梅田からも歩いてすぐですし、この商店街の雰囲気が香港の裏路地に似てるなっていうのがあって」
――たしかに、そんな感じがしますね。「フォータン」という店名は何か由来があるんですか?
「これは香港の地名です。『火炭』って書くんですけど、僕がプロデュースのオファーを受けて行ったお店がそこにあったんです。工業団地っぽい街で、時代が変わってその団地から会社が抜けたところに若手のクリエーターが入って、新しく変わりつつある街で、面白いんですよ。最初に行った街だっていうのと、『フォータン』っていう響きがいいなと思って」
――謎が解けてすっきりしました! 最後に、おっちゃんに伝えたいことはありますか?
「やめないで、ですかね(笑)。1回、香川に行かせてもらったことがあるんですけど、その時はタイミングが悪くて漁が見れなかったんです。あれを今度ちゃんと見せて欲しいですね」
――ありがとうございました!
お話を伺った後、実際にお粥をいただくことにした。中華粥に加えて自家製焼売、豆花、ザーサイなどがついた「中華粥 口福セット」を注文。中華粥は、塩鯖トッピングと蒸し鶏トッピングを食べ比べてみることに。

こちらが中華粥の塩鯖トッピング

そしてこちらは蒸し鶏トッピング
まず感じるのは出汁のしっかりきいたお粥そのものの香りだ。いりこの風味が違和感なくお粥の中に溶け込んでいる。深い旨味を感じさせてくれる塩鯖も、柔らかな蒸し鶏も、素晴らしいアクセントとなってお粥の味わいを引き立たせていた。そこに付け合わせのパクチーやラー油を加えて味を少しずつ変えながら食べていくのが楽しい。
お店に来た香港出身の方が「香港のお粥より美味しい!」と言っていたという「ライスミールスフォータン」のお粥、食べごたえもしっかりあって大満足だった。デザートの豆花は、黒米を使ったクラフトコーラのシロップがかかっており、スパイシーで爽やかな味わい。
このクラフトコーラも自家製で、堀田さん自らインドネシアに出向き、現地の農園で仕入れたバニラビーンズなどを使っているという、こだわりの一品なのである。クラフトコーラは持ち帰り用に販売もされていた。

お店オリジナルのキャップやTシャツなどのグッズに、店内の雰囲気も可愛いお店だ
梅田界隈でお腹が減った時は、ぜひ中津商店街まで足を延ばし、こだわりの中華粥を味わってみて欲しい。
「Rice meals FoTan/ライスミールスフォータン」(Instagram)
住所:大阪府大阪市北区中津3-16-3
営業時間:11時~18時
定休日:火曜日・水曜日

(X/tumblr)
1979年生まれ水瓶座・A型。酒と徘徊が趣味の東京生まれ大阪在住のフリーライター。WEBサイト「デイリーポータルZ」「集英社新書プラス」「メシ通」などで執筆中。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーで、ことさら出版からはbutajiとのユニット「遠い街」のCDをリリース。大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』『家から5分の旅館に泊まる』(スタンド・ブックス)、『「それから」の大阪』(集英社)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)、『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)、『大阪環状線 降りて歩いて飲んでみる』(インセクツ)。パリッコとの共著に『酒の穴』『酒の穴エクストラプレーン』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)、『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』(スタンド・ブックス)。
バックナンバー